夕暮れのなか、少年が黙々と金属バットを振りつづけている。
練習中に監督に呼ばれ、基礎練習を言いつけられたからだった。体もまだ小さく、レギュラーから程遠かった少年は、愚直に居残り練習に励んだ。
顔面がトマトのように赤く染まっている。素振りを繰り返していると、疲れに気づかず、この肌寒い時期にアンダーウェアがぐっしょりと濡れるほどに集中していた。
彼の心は、いつか舞台に立ちたいと思っている練習試合の風景と重ね合わせていた。
ベンチからの視界ではなく、いつしかバッターボックスに立っていた。ピッチャーは前回負けた相手チームのエース。なぜか負ける気がしなかった。
奴のストレートは速いが高めに浮き上がるときがあるのを知っていた。ボール球を振らされないようじっと待つ。セットポジションから弓のような腕が放たれた瞬間、これだと思った。考える間もなくフルスイングすると、打球はレフト方向に豪快な弧を描いた。レフトオーバーのランニングホームランコースだ!
金属バットを投げ捨て駆けだすと、チームメイトの歓声が沸き起こる。密かに憧れているマネージャーの真由美ちゃんがぶんぶん腕を振ってくれている。快感と一緒に全力疾走した。三塁ベースを蹴りホームに突っ込む。土煙が心地よい。すると次の瞬間、「セーフ!」という声が確かに聞こえた。
少年が顔をあげると、そこには彼の母親が仁王立ちしていた。
「いつまで遊んでんの!」
激しい衝撃と同時に頭に星が飛び交った。「まったく、こんなに泥んこになって、もう」
昨日夢で見た幽霊なんかより100倍怖いやと少年は思った。
「ねぇ、夜ご飯は何?」
「今夜はあんたの好きなシチューだよ」
秋の日暮れは早い。少年は暗がりのなか、母親と並んで家路に急いだ。
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