「痛かったら挙手してくださいね」
マスクをした無表情な医師が、五百助を見下ろしていた。五百助は、デンタルミラーを入れられていたが、なんとか「はひ」と答えた。
鋭角な機械音が近づいてくる。舌が削れはしないかと顔が強張る。意志に反し涎が唇の端から垂れた。
がりっという研削音とともに神経から火花が飛び散った。反射的に、左腕が伸びた。
医師はのんびりとした手つきで削るのをやめた。「はい、それでは開始します」
何を?と思った瞬間、天井がスクリーンに早変わりし、ルーレットが現れた。
「今からルーレットを回しながら治療しますので、痛かったらストップボタンを押してください」
渡されたのはカスタネット、ボタンじゃないですよとつっかえそうとした瞬間、ルーレットが回り始めた。
同時に医師の指が五百助の口腔に荒々しく侵入してくると、またもや鋭利なペン先が歯神経を狙う。医師は神経の先端から大胆不敵になぶってきたが五百助は何故だかルーレットが気になりだして、カスタネットを握りしめていた。
「たわし」の字がみえたからだ。
何をされるか予測不能。高速回転するそれが徐々に弱まるのを待たねば、とてもカスタネットを高らかに打ち鳴らす勇気などなかった。
完全に、医師のペースに陥落していた。
間もなくルーレットはゆるやかになり文字が判別できるようになった。
【たわし】などまだ良いのかもしれない。【神経を5秒間触診する】【他人の入れ歯を挿入する】
五百助はなぜ罰ゲームに巻き込まれているのか、混乱した頭では到底理解できはしなかった。
五百助は必死に痛みに耐えながら、【ゴール:治療終了】を狙った。今だ。カタンと場違いな音が鳴り響く。ルーレットがゆっくりと停止してゆく。五百助は安堵のあまり、涙が溢れ出た。【ゴール:治療終了】
医師がマスク越しにニヤリとした。「残念でしたね」
なぜ?と思ったときには既に時遅し。治療というサービスが終了した次の瞬間から人体を解体されてしまうことを理解する前に、五百助は、脳神経を削られていたのだった。