理想の妻とは、つまり私のことをいう。
らしい。
高倉家に嫁ぎ3ヶ月。私は家の皆からそう褒めそやされてきた。あれほど反対していた母も、私の様子を見聞きして安心していったものだ。「名家だから、普通のあんたには務まらないと思ったけどねぇ」
そんな母の突然の行方不明に私は驚くほどうろたえた。だが、秀一郎さんは私を抱き寄せ、ずっと背中をさすってくれていた。大丈夫。私は立ち直れる。
高倉家での生活は多忙を極め、悲しみに暮れる暇などなかった。だが時折、はっとする瞬間があった。何かしら、背中をねぶられた感覚に襲われるときがあった。
ある日、食事を終え、洗面所に向かうと義父がピンク色の歯ブラシを使っていた。悪寒が走ったが、顔に出さないよう懸命にこらえた。「お義父さん、それ…私の歯ブラシです」
義父は不思議そうな顔で私をみつめた。「ああ、悪かったね。ちゃんと洗っておくから」
その夜憤慨して秀一郎さんにそのことを話すと「オーバーだなぁ留美は。家族なんだから気にしなくていいじゃないか」
ぞっとした。
「そういう問題じゃないわ!普通の感覚じゃないって」
「じゃあお前、俺とキスできないか?」
「キスは好きだけど歯ブラシはちょっと…」
「ま、考えすぎないことだ。とにかく我が家に慣れてもらわないとな。家族なんだから」
慣れるということは感覚を麻痺させるということなのか。私は高倉家を少しずつ疑ってかかるようになった。家族という名の洗脳に。だが、慎重にすべきだったのだ。
気がついたときには私は庭にある古井戸に吊されていた。秀一郎さんの声が不快に反響しながら私の耳をいたぶる。「留美が悪いんだよ。家族になろうとしないから。俺は反対だったんだ、でも母さんが」
かん高い義母の声がかつて愛した男を遮った「あなたは黙りなさい。留美さん、残念だわ。あなたは本来、嫁塚に埋めなければならないの。だけど秀一郎があんまりいうからせめてもの情けをかけてあげたわ。下をご覧なさい」
私は嫁塚の意味を知る前に下をみた。古井戸の底では私の母が干からびて死んでいた。
私は絶叫しながら、高倉秀一郎は何人の家族になれなかった妻を嫁塚に埋めたのだろうと考えていた。