◆4月16日午後5時30分◆
佐知子は、研究所に戻って本来の仕事をこなさなければならないにも関わらず、
そんな気分になれずにいた。
最期の1秒まで、奥村のために闘いたかった。
果たして奥村のためだろうか?と自問自答はつづく。
佐知子は、愛の前提に気づかず懊悩していたが、
これまで行動のみで人生を築き上げてきた彼女らしく、
しばしの黙考ののち、「スピード」の対策本部に駆け戻った。
戻ってみると、本部の撤収作業が始まっていた。
佐知子は思わず近くにいた厚生省感染症対策室長に詰め寄った。「どういうことですか?」
「黒木」という名札を下げた男は、投げやりな口調で返した。
「私に聞かれても答える権限などないんだよ。
もっとも、事情など聞かされてないがね」
「ウイルスはもうあきらめたということ?それとも新事実が見つかったのですか?」
「とにかく、私がいえるのは主管が厚生省から外務省にかわったということだけさ」
…外務省?
佐知子の頭は一瞬、真っ白になった。
外来種ということ?
否、だとしても、あくまでも外務省は情報提供の脇役のはずであり、
主管たりえないのだ。
これまでの体制は、内閣総理大臣直轄であるエマージェンシー(緊急事態)の扱いであり、
厚生省が事実上のトップであったはずだ。
私が泣きわめいている間に何が起こったのだろうか?
天才は天才故、事態が把握できないとパニックに陥る。
佐知子は、あまりの急展開についていけない自分に気づき、
激しく嫌悪したが、奥村を思えば、そんな暇はないことに気づいた。
ふと、夫である大二郎の不自然な態度を思い出した。
大二郎が奥村をさらったのは、佐知子から離したかったからだと思いこんでいたが、
何か事情があるのではないだろうか?
佐知子は、夫に電話をかけることにした。
(つづく)
この小説はフィクションであり、作品に登場する団体や個人は実在しません。