(『人間革命』第7巻より編集)
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〈翼の下〉 4
(つづき)
あなたが、今まで知っている男とは、けたはずれた違う男だ。ぼくの胸の、ここいらにいる男だからな」
戸田は、胸の心臓の上あたりに手を置いて、真顔になって言った。
「・・・ところで、主人はどうしてる? 商売の方は、うまくいってるかね」
「はい、元気で頑張っております」
彼女は、小さい声で答えたものの、一番痛いところを突かれた思いであった。
夫の田岡金一は、まだ、”三遍題目”の、学会活動の嫌いな、そして、商売熱心な組長であった。
二十五歳の新進部隊長・山本伸一が、文京支部長代理を兼任して、初めて田岡の家を訪れたのは、四月二十五日であった。
その日は、支部の班長会である。誰の胸にも、一種の敗北感に支配された会合であった。
一同は、新任の支部長代理を迎えようと、定刻には顔をそろえていたが、七時過ぎても、伸一は姿を見せなかった。
当時の支部員たちは、初めて来る伸一を迎えに行く才覚も、路傍まで出迎える機転もなかったようだ。
二十四人の班長は、ただ、おとなしく待っていたのである。
そのうち玄関が開いた。
山本伸一の元気な声が響いてくる。
「こんばんは、おじゃまします」
彼は、こう明快にあいさつしながら座敷に上がった。
「いや、探した、探した、大きな家ばかり探しちゃいました。田岡さんの家は、こんな小さな奥の方にある家だもの、なかなか見つからないわけだよ」
随分と道に迷ったらしい。一同は、どっと笑いだした。
彼は、まず御本尊に向かって正座し、張りのある通った声で題目をあげた。