製作年:2013年
製作国:日本
ピエール瀧のすさまじい演技に感服。といいたいところですが、あれもこれも、お薬の力だったんですね、としか思えなくなってしまいました・・・
☆あらすじ☆
1999年に起きた上申書殺人事件の主犯から、新潮社宛に告発の手紙が届く。死刑囚となった主犯の須藤は、自分が死刑なら、もっと死刑にふさわしい仲間がいたとして、まだ明るみになっていない数件の殺人事件を告白する。須藤に話を聞くために刑務所を訪れた記者の藤井は、罪を逃れて平然と社会生活を営んでいる共犯者、木村の犯行を明るみに出すことに没頭していく。
お勧め ★★★★☆
この映画嫌いだな、と思いながら見ていたのですが、ラスト30分、とても考えさせられるものを感じました。ラスト30分だけで星よっつです。実際に起きた事件を映画化したものですが、こんなことを笑いながら出来る人間がいた、という事実が恐ろしい。いったいどんな生まれ育ちであれば、こんなことになってしまうのか。そんな感想に、ラスト30分で「あなたはそんなに正常ですか?」と疑義を突きつけられたような気持になりました。
以下、ネタバレを含みます。
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自分の利益のためなら他人の痛みなどどうでもいい人間が一定数いるのですね。
そんな人間にも、友達がいて、仲間がいて、恋人がいて、家族がいる。彼らにとって大切な人たちなわけですが、そうではない他人であれば、大事なひとたちと同じ姿形をしていても、情け容赦なくいたぶれる様子にドン引き。
どこから見てもやくざな須藤より、一般人にしか見えない木村の怖さと異常性が際立っていて、実は木村を演じたリリー・フランキーもお薬服用しているんじゃないかと不安になりました。
犯罪者の犯行が淡々と描かれる前半、そこに時折織り込まれる記者、藤井の日常。藤井は、認知症の母と、義母の介護に疲れ果てた妻をほったらかしにして、木村の事件解明に夢中になっていました。
家に帰れば、認知症の義母を持て余した妻と、病気の為に被害妄想に陥っている母から窮状を訴えられるものの、表沙汰になっていない猟奇事件と比べたら些末なことと切り捨て、見ないふりを続ける藤井。
妻は義母から手を挙げられているのに、止めもしなければ慰めもしない。私だったら相手が病気であっても殴り返してしまいそうですが、妻は決して義母をたたき返しませんでした。見事に妻としての務めを果たしながらも、追い詰められた妻は藤井に離婚を切り出しました。
この映画にこんな日常パートいるのかな、と思っていたのですが、離婚に同意した藤井に、妻が言うのです。私はお母さんを殴っていたのよ、と。映画の中では描かれていませんでしたが、必死に耐えて義母の介護をしていると思われた妻が、見えないところでは暴力をふるっていたのですね。
この暴力は情状酌量の余地もあり、ほんとうに凶悪な須藤や木村とは全く質が違うのですが、それでも凶悪犯のことを、ありえない、自分は絶対にやらない、あんなの人間のすることじゃない、と言っている我々の中にも、きっと凶悪の種はあるんだろうなと考えさせられる場面でした。
どこで線を引くか。
どこで道を間違うか。
どこでタガが外れてしまうか。
もしかしたら、ほんとうに些細なことで、極めて普通の人間が、とんでもない凶悪事件を起こしてしまえるものなのかもしれませんね。
そして無事に逮捕される木村でしたが、彼らの裁判に出席した藤井は言いました。こんな人間たちが許されてはいけないと。
このセリフは記者としての良心や信念からのものなのか、被害者たちへの哀悼の気持ちからか、あるいは藤井の中にある凶悪さが言わせたものなのか・・・
この映画を見ながら、藤井と同様、木村と須藤を許せないと感じていた私自身も、義憤や同情以外に、実は凶悪さを糧に、他罰的な気持ちになっていたのかもしれないと思いました。そんな怖さも感じさせる作品でした。