守るってなに?
ここ数日
「守る」を感じていた。
私は、つい子供のために、良かれと思い
先回りしてしまうことが多かった。
先回りとは、こうなるんじゃないかという
私の不安や思い込みで動くこと。
今は、高校生になり、ある程度手放すことは
できていたと思っている。
でも、なんだか頼りない子供を見てると
この先1人で生きていけるのか?
と、またもや不安になる私がいる。
守ってあげないと。
一人っ子だから、私が長生きして
守っていかないといけない。
そんなこと、顕在では考えてない。
と思っていたけど、こうやって文字にするという
ことは、潜在にはあるのかなと思う。
そう思っているということは
私が守られていないと不安
ということなんだと気づいた。
え!
私、別に誰かに守られてるとかないし
自立してるしと、はじめはわからなかった。
でも、それを真我で見ていた時、気づいた。
私は夫に守られていた。のだ。
あからさまに、俺はお前を守っていく!
とか言われたわけでもないし、
なんなら、お互い無関心を装っているし
事務的な話しか、最近は前より
会話は増えたけど、深い話しは
意識して避けてる感覚もある。
特別、仲良しではない。でも守られていた
ことに気づいた。
夫の深い愛。夫も気づかない深い愛が
私を包んでいることに気づいた。
夫の両親は離婚している。
だから自分は絶対やらないのだ。
昔、そんなことを聞いた気がする。
かなり荒れたらしい。
そんな想いを自分の子供にさせたくない。
だから、一生懸命働いて家族を守る。
そんな感覚なのかもしれない。
私は夫のその海に包まれていたのだ。
ビックリした。
その時、小さな時の私の記憶がすり替わった
ような気がした。
私はずっと親に愛されることなく成長した。
と思い込んできた。
でも、本当はものすごく愛されて
家族が仲良しで穏やかで
楽しい子供時代を過ごしていた。
と記憶が変わった。という不思議な感覚。
そっか!
私は辛い子供時代という幻想を楽しんでいた。
それを体験することが面白くて刺激的だった。
でも、真我の視点でみることで、
愛の体験したという幻に変わったんだ。
親から守られていた。私を守ってくれていた。
夫の深い愛に守られている。と同じように
家族の愛に守られて生きていた。
とてもハートが温かくなった。
自然に何かが手放された。
手放さなきゃと思うことなく変わったのだ。
ただ、守られてきていた私は
守られていないと不安。
という思考は残っている。
だから、子供にも不安を持ってしまっている。
守ってあげる。ってエゴだと今回私は思った。
余計なお世話だ。頼んでない!
みたいなのもある。
このあたり、なんかごちゃごちゃしてきたから
一旦整理しないとだなぁと思う。
私は、見守りたい。
子供を信頼して見守っていたい。
助けてと言われたら助けたらいい。
そういう大人でいるように
真我で向き合っていく。
ただ、私は愛されている。
過去も今も未来もどこにいてもそれは
揺るぎない真我のメッセージだ。
感謝♡

