感謝して生きれば毎日幸せ
《感謝して生きれば毎日幸せ》昨日、美容室にヘアケアでいらした30代前後の若いお母さんであるお客様が、まだ小さい御自身の子供さんが、幼稚園でお友達への思いやりを示していたのを見て、心も成長してきた事に安堵したと言ってました。同じ時期に入園した、手と足が生まれつき無い園のお友達が、遊具で遊ぶのを手伝ってあげていたのを見たそうです。そのお友達のお母様も大変な心労を抱えていたと思いますが、今後、生活の様々な場面と節目で助けてくれる愛と思いやりと優しさを持った人々に、これから出逢える幸せと心が暖まる経験を、その子は人生の中で、他の人々より何倍も何倍も与えられると思います。また、ある60代のお客様の勤務先の同僚は「何も困って無いけど生きていてあまり幸せを感じない。何かが足りないと感じる。」などとバチ当たりなことを言っているらしいです。思えば、目も見えて、手が使えて、足で歩けて、自分で好きなときに好きなものを食べれて、働く場所もあり、家族も普通にいて、何が不満なのか…。五体満足で生かされているのに、感謝の心をもっておらず、自分の生き方や考え方の問題で不幸な人もいるんですね。多分その方が「足りないと感じる」というのは、何か自分に無いものを得たい、与えられたい、と思うから「足りない」と感じるんであって、むしろ【自分から他者へ与える愛と思いやり】の方がもしかしたら足りないんじゃないかと思います。与えていれば足りないと感じることはありませんから。自分が欲しいのに足りないものがある、と感じる人達は、自分が貰ったり得たり自分がたずさえているものとしたい…と日々、自分の事しか考えてない傾向があるかもしれません。他の人に思いやりや愛や優しさを与えている人は、何かが足りないなどと感じる事はありません。もっと言えば「与えるものが与えられるものである」だからです。そこに気づいたら、気が楽になるかもしれません。何事も感謝すべき事に有り難みを感じながら生きれる人の方が幸せです。当たり前のように優しさや思いやりを他の存在に与える人、見返りを求めない愛情を他の存在に示せる人、人の心の痛みや気持ちがわかる人、自分の事より他の存在を守ろうとする人など、【外に向かう愛と優しさのエネルギー】を普段から自然に発揮している人の方が、それはもう、段違いで幸せです。充分恵まれているのに自分を哀れんだり、無い物ねだりをしながら不平不満を言いながら感謝を忘れて生きる人より、よっぽど幸せな人生をおくれます。幸せ、不幸せの感じ方は、生まれつき与えられた条件や環境ではなく、その人の感性と生き方だと私は思ってます。