違うな!と思った決めつけ定説
《違うな!と思った決めつけ定説》世間では、経験したことがないくせに心理学者風を装い、あてにできないデータや決めつけで「そうではない事」をまことしやかに定義付ける人達がいます。まともな親やその他家族に恵まれなかった人達が誤った定説によって悲しく寂しい思いを抱いてしまったり、自己肯定感が弱まる人もいるといけないので、「決してそうではない!」と経験者が断言できる事を、ここでハッキリ言っておきます。★【親に愛されて育った人こそが成功したり、他者に愛を循環させられる】と決めつける人達がいますが、全然違います!肉体上の実親に愛されなくても、自然界のスピリットや目に見えない聖なる存在に愛されて繋がってさえいれば(本当は皆そうですが忘れちゃってるだけです。)他者に惜しみない愛や優しさや勇気を与えられます!本人の心も常に安定しており、平穏でベタ凪です。また、★【親に暴力をふるわれて育った人は自分の子供にも暴力をふるう】と定義付ける人もいますが、これも違います。本当の痛みに耐えて、愛の反対を経験して育った人はむしろ、自分より弱い存在を守ってあげようとします。人の哀しみや心の痛みがわかるからです。そして傷ついた心や寂しさや悲しみを言葉や行動で癒してあげれる人になります。真の強さと慈悲を、ごく自然に発露して愛を与える事ができます。愛されなければ愛さないんですか?そんなことは有りません。見返りを求める屁理屈はそもそも愛なんかじゃないですし。自分の内なる光は闇を照らしますよ!闇が光を消すことはできません!世の中には経験者でもないのに誤った定説を人々に植え付けて、『幸せな家庭で親に愛されて育った人でなければ上手く生きられないだろう…自己肯定感もないでしょ…成功もできないでしょ、愛がわからないでしょ?どうせ幸せになれないよ。』と、親から愛されて育ってなければ幸せになれない、人も愛せないなどと洗脳する悪魔の囁きをするような“やから”がいますが、全然違いますから。そんな完璧な親に恵まれて育てられていない人でも、家族に愛されて育ってない人でも、ピュアな真心を失わなければ、もっと大きな自然界の存在から愛されてますから自信を失う必要は有りません。自分を信じていいですよ。と言いたい!