「社会に共通な認識様式」=イヌイットは17種の白を見分けられる。日本人には同じに見えてしまう。我々の耳には「r」と「ℓ」、「th」と「s」が聞き分けられない。物がどう見えるか、音がどう聞こえるか、さらにはその奥の概念的な把握に至るまで、私たちはいつの間にか、その社会特有のパターンにはまっている。
学校も教室も教科書も試験もなく、誰も教えようとしないし、誰も学ぼうとしていない。
それでも例外なく、誰でもものすごい「学び」を達成している。優等生もいなければ、劣等生もいない。落第もない。
これが「学び」の本質だ。これに比べると、意識レベル中心の学校での学びなど、おままごとのようなものだ!
