デジタルオーディオの国際規格をひっくり返した!
いや、若かったな!
・・・23日白馬で教育フォーラムに顔を出したら、出席者が私の昔の写真を探してくれた。
一枚はAIBO発表の時(1999年)、もう一枚はフランク・ザッパと(1981年)。
マシンは24CHのディジタル録音機PCM-3324の試作一号機。
先行する3Mに対抗するため、手切り編集可能とうたった。
ザッパはロンドンフィルの録音に貸してくれといってきた。
クラシックなら編集もないからいいだろうと貸したら30以上編集するという。
まだソニー内部でもテストしておらず、青くなったが全部うまくいった。
このマシンは売ろうとして作ったのではない。
1978年私は急遽アトランタに呼ばれた。
国際規格委員会が開かれ、標本化周波数が3Mの提案の50KHzに決まってしまった。
CDのプロトを発表したのだが、欧米勢は業務用のマルチ機が王様で、まずそれを決めてコンシューマー用はそれに従え、という勢いだった。
それに従うとCD発売は5年は遅れる!
私はいったん決まった国際規格をひっくり返すためにマルチ機を開発しなければいけない、と決心し、普通なら2年かかるプロトを半年で仕上げた。
完成したPCMー3324は、3300万円。
アナログの普及機が250万円で買えるときに冗談はやめてくれ、といわれた。
ところが、そのうちビルボードのトップ10の楽曲はほとんどこのマシンの録音になった。
マシンが優れていたのではない、ヒット曲が出せる人しか買えなかったからだ。
国際規格はひっくり返し、CDは日程通り発売できた。
2024/06/30
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