ミラノ

 

石と霧のあいだで、ぼくは

休日を愉しむ。大聖堂の

広場に憩う。星の

かわりに、

夜ごと、ことばに灯がともる

 

人生ほど、

生きる疲れを癒してくれるものは、ない。

 

       ウンベルト・サバ

         須賀敦子訳

 

あるご婦人から

須賀敦子全集第1巻をお借りしました。

女流文学賞を受賞した

『ミラノ 霧の風景』と

『コルシア書店の仲間たち』

『旅のあいまに』

が収められています。

 

昔、仕事で駆け出したばかりだった夫について

イタリアのトレントへ行った際

ミラノ中央駅近くで一泊した遠い記憶を手繰り寄せようとしましたが...

本書はそんな私の通りすがりの体験ではなく...

 

イタリアに留学し、結婚し、暮らした若き日々のこと。

ミラノの小さな書店を核に出会い、影響を受けた

最愛のご主人をはじめ、会うことがもう叶わない

師や友の姿がそこには書き留められていました。

 

イタリアの陽光や静かな夜の闇の中に

彼らの生きた面影を追っている

須賀さんご自身も今はもうこの世におられません。

これらエッセイは50歳後半に書かれ、

1998年に69歳で亡くなられている。

 

イタリアの子どもたちが

小中学校で当時必ず習うという

国民的詩人パスコリをはじめ、サバ、

アレッサンドロ・マンゾーニ、ヴィットリーニ...

初めて知るイタリアの作家たちの名前。

 

招かれた場所で須賀さんが

ふっと触れるイタリアの階層社会にも

その国を理解するということの奥深さが垣間見られ

いかに知らないかを知る思いがしました。

 

イタリアの戦後がどんな風であったのか、

考えてみたこともなかったのですが

コルシア書店が、当時の若者を中心にした社会運動の

1つの表れだとすると、

日本の動きにも通じるものがそこに見出せそうでした。

戦後の廃墟の中から立ち上がり、新しい形の共同体を夢見た。

 

ジェスキントの『香水』が新聞小説(日刊紙コリエーレ・デラ・セーラ)

で連載されていた当時、須賀さんが毎朝早起きをして新聞を

買いに行くのを友達にからかわれたという一文に目がとまりました。

60年代〜70年代、在りし日のイタリアの一角が

須賀さんの目を通して味わえた一冊。

 

『旅のあいまに』 Zー。

 

というエッセイの中で、

Zという女性について書かれた次の文に共感を覚えました。

私の中にも、こういう考えがある。

 

人生は、どうしても妥協するわけにはいかない本質的に大切なものがすこしと、

いいよ、いいよ、そんなことはどっちでも、で済むようなことがどっさり、

とでなりたっていて、それを理性でひとつひとつ見きわめながら、

どちらかをえらんでいくものだ、といった生き方を、

あらためて、彼女のなかに見た気がしたのだった。