『リップヴァンウィンクルの花嫁』 | 平井部

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 今週やっと観てきました。(※ネタバレあり)

 かなり見応えのある映画でしたし、特にメインキャスト3人、黒木華、Cocco、綾野剛の熱演は感動的でした。


 実は、観終わった直後は、かなり後味悪かったんです。


 まず、ヒロインの黒木華演じる七海が、あまりにも無防備で主体性がなく、状況に流されるがままで、魅力を感じる以前にもどかしさの方が先に立ってしまったこと。

(以下、ネタバレありありですが)紙一重で殺されかけてた訳なのに、エンディングで、その状況に追いやった本人に対して感謝の言葉を述べて、おずおずと握手したりしている。

 あまり恵まれてるとはいえない仕事環境から逃れるように、SNSで「お手軽に」みつけてしまった彼氏と結婚してしまう冒頭のシークエンスから、感情移入したい気持ちを離反させるのに充分でした。



 ただ、幸福を装いつつ、「これで良かったの?」感をはっきり滲ませる黒木華の佇まいは素晴らしく、もしかしたら特に序盤で七海から感じてしまう「もどかしさ」は、監督の意図するところだったのかも知れません。

 巧妙な罠に嵌まって浮気の濡れ衣を着せられ、スイートホームを追い出され、街を彷徨う七海の表情は胸に刺さります。



 物語中盤から登場し、次第に存在感をいや増してゆくのが、Cocco演じる真白。いやあ、Coccoさんすげかった…。虚無と儚さを隠し持つ真白を演じ切れるのは、まさにCoccoさんしか居なかったでしょう。

 七海との出逢いから、メイドの仕事で一緒になるまでの謎が、次第に明らかになる訳ですが、「最期」の瞬間に自分の「幸せのリミット」についって吐露するシーンは、凄みがあります。一言一言に、それまで彼女が見せた表情、言葉、行動を解き明かす真情が散りばめられていて。Coccoファンとしては、長く拒食症や自傷癖を抱えていたCocco自身の面影を重ねずにはおれません。



 そして、物語の狂言回し的役割である謎の人物、綾野剛演じるとことの安室。おそらく彼は、印象の軽薄さでは計れない程の支配力を持つ「手配屋」なのでしょう。

 どこまでが彼の差し金なのか?

 映画本編では明かされることはありませんが、おそらく「七海夫婦を別れさせたのは姑の依頼」というところは本当で、行く宛のない七海を支配下に囲っておいて、真白の依頼に合致しそうだから割り当てた…という線が、一番可能性高いように思えます。




 徹頭徹尾、七海は安室にいいように扱われ、自身がクライアントであるにも関わらず、逆にトラップをかけられ、夫婦が破綻し家を追い出され、怪しい仕事を斡旋され、ついに、そうとは知らされずに「命を失う」こと前提の依頼に身を捧げることになります。

 真白への親愛を深めてゆく七海に、安室は「友達を欲しがっている」と、真のクライアントの依頼を “半分だけ” 明かす訳ですが、この言葉すらも、“依頼の真の目的” に七海を駆り立てるトラップのように思えてきます。


 なのに、七海は終始彼を疑うことをしません。


 はじめは違和感でしかなかったその「もどかしさ」でしたが、数日印象を寝かせてみると、もしかしたらそれこそが、七海が秘めていた懐の深さ、言い換えれば母性なのかも、と…。



 あいまいな決意のまま結婚するまでの七海は、確かに弱くて優柔不断な女性でしかなかった。
 しかし、離縁という修羅場を経て、真に心を許せる真白という友人を得ることで、自分でも意識していなかった深い情愛、好きな言い方で言ってしまうと女神性が、表面化したのではないか。喪失と再生。


 死を間近にし、虚無に憑かれ、小さな「幸せ」を切実に求め続ける真白を、七海はそのまま受け止めます。この儚くも美しいシーンを見ることで、監督が『リップヴァンウィンクルの花嫁』というタイトルに込めた想いが伝わってきます。



 個人的に最後まで好感を抱けなかった安室も、見方によっては、そぐわない配偶者(とその家族)から七海を救い出し、真実の愛情を教え、自立する手助けをした正義の騎士だととれなくもなく、その辺りも、疑わしさも、もろもろ含めて全部飲み込んだ上で、七海は最後に笑顔を見せていたのだとしたら、それはもうはっきり女神でしょうと。

 たとえばラストで、「私は分かってたわ」的な台詞を言わせたら、ハリウッド映画のようなカタルシスは得られたんでしょうけれど、それを言わずにただ笑っている姿こそが、七海の魅力なのかも知れません。



『リップヴァンウィンクルの花嫁』にはスカパーで放送されていた全6話のドラマ版も存在し、そちらには映画にはないシーンも多数あるようですから、観賞した上でまた後記を書いてみたいと思います。