「『幻魔大戦』は未だ完結していない」というのが大方のメディアの紹介でありますが、平井和正の最新作(最終作なんて信じてませんから)『幻魔大戦deep トルテック』にて、完結したと見ることもできるでしょう。
“光のネットワーク”の一般的イメージとしては、世界中の人々が、大破壊と苦難の末に覚醒して、地球上が光で満ち幻魔を退け、やがてその光は宇宙全体に波及する……というようなものでしょうが、勿論そんな単純なハッピーエンドが描かれることはありません。世界の実相は、ぼくらの想像と理解力を遥かに超えるほど複雑で、救世の道(ハルマゲドン)は、現実世界のみならず、形而上の世界、超夢空間、無限の多宇宙、そして個々人の心世界から、同時多発的にアクションを起こさないと成り得ないことを、幻魔以降の平井作品は示しているように思えます。
以下、作品の流れを辿りながら、“人類ダメの克服”はなし得るのか、考えてみたいと思います。
“るーみっくワールド(高橋留美子の世界)”との運命的な邂逅により、文字通り生命をかけて書き綴っていた幻魔シリーズを一時中断し、リスタートしたのが“狼のレクイエム第三部”『黄金の少女』篇です。
冒頭、ウルフガイと同じ身体能力を持つ“黄金の少女”が登場し、「彼女は何物か?」という所から物語はスタートします。
本編の主人公は、アメリカの地方都市チェンバーズの警察署長である、アルフレッド・キンケイドという中年男性です。全読者が切実に期待したであろう「犬神明の帰還」がなかなかなされず、ぼくも多分にもれずやきもきした口でありますが、後に平井和正自身が「キンケイドが犬神明だったんだ」と述べるインタビューを聞いて、すっきり胸落ち致しました。ウルフガイたちと同じ“黄金の魂”を裡に秘めるキンケイドが、人間社会で生き抜く上で、どれほどの辛苦を味わうのか……。つまり、“おっさん版『狼の紋章』”な訳ですね。
さびれた地方都市にすぎないチェンバーズが、ある小競り合いから「セイタンズ・エンジェルス」という巨大暴走族に眼を付けられ、やがて本格的な抗争に発展してゆく。重火器や戦車まで登場し、最終盤にはさらに上手の“死神”が降臨し、ついには地図から一都市が丸ごと消えてしまうほどの大災害となります。
それは、人類世界の縮図そのもので、悪という悪が一斉に溢れ出し、相対する正義は、あまりにもはかなく、か弱いものに思えます。
ウルフガイ第一作『狼の紋章』において、全ての逡巡を振り切って、青鹿晶子を救うべく駆け出した犬神明に、魂が震えるほどの感動を味わったように、淡々と責務をこなし、過去のトラウマに打ち克ち、一人バイクを駆ってグランド・セイタンとの対決に向かうキンケイドの姿は、現実社会で“恐怖の翳”に怯えて、日常的によわりがちな心を鼓舞してくれます。
後の『犬神明』篇に至る重要なブリッジとしての意味合いを持つ今作ですが、「自分ならどうする?」という容赦ないシミュレーションも味わわせてくれます。強大な暴力を前に、キンケイドや犬神明に伍する存在にはなれなくても、覚悟次第ではぼくたちも“黄金の魂”を持ち得るのではないか。
『黄金の少女』篇が終了し、コミック・リリーフ的に描かれたのが、『女神變生』です。
今作の主人公は青鹿晶子。初出は、ハードカバー合本版『幻魔大戦』の付録として発表され、それまでの平井キャラが多数登場することから、『ウルフ・ランド』的なお祭り企画なのかと思いきや、かなり重要なテーマを秘めておりますようで。
舞台は、おそらく、ウルフガイの作品世界において精神を破壊され、死に至った青鹿先生の魂を再生させるべく、特別に用意された「超世界」です。
アダルト犬神明、神明、林石隆、田村俊夫など、懐かしの平井キャラが(変名で)こぞって登場し、よってたかって青鹿先生を慰撫し、迫り来る暗黒的存在から護ろうとします。
おそらく、ぼくたちが想像するより数千倍も、“地母神”としての青鹿晶子の役割(御霊)は大きく、犬神明の伴侶としてのみ存在することを許されなかったんだと思います。
青鹿先生がこの世界へ“變生”し、改めて犬神明との“出逢い”を選択したことで、平井作品は「女神の時代」へと突入し、さらに多世界へ向けて拡散することとなります。
そして産み出されたのが『地球樹の女神』です。
コア・テーマは、人類の根源神である「イザナギとイザナミの和解」です。
主人公は、イザナギの御魂を持つ少年 四騎 忍と、イザナミの御魂を持つ少女 後藤由紀子。
“ラスト・ハルマゲドン・ストーリー”と銘打たれた今作、世界が静かに壊れてゆく世紀末のある時点、「クリスタル・チャイルド」と呼ばれる超天才少年少女が登場し、ある者は陰にある者は陽に、才能を発揮している。
巨大ビルを本拠にする情報会社のフィクサーである四騎 忍と、天才少女としてマスコミにも登場する科学者である後藤由紀子。この物語が独特なのは、二人が世界を救うキーパーソンであるだけではなく、破壊神としての一面も併せ持つ点です。二人と対になる存在である、“もう一人の”四騎 忍(シヴァ神)とカーリー神のコンビは、荒ぶる神として本来の四騎 忍よりも存在感とフォースを増してゆきます。
日本神話において、黄泉の国でイザナギがイザナミの腐爛した亡骸を見てしまったことから、夫婦間に決定的な亀裂が入る訳ですが、このイザナミの強烈な怨念が、人類史における全ての争乱の大本であるという説もあります。物語のラストで、イザナミの現身 後藤由紀子が発した希望の言葉は、四騎 忍だけでなく、ぼくたち人類全てを言祝ぐ言霊として、強く印象に残ります。
長くなりましたので一旦切りまっす。