強迫がひどかった時の方が、圧倒的に感受性は強かった。
自分の好きな音楽を聞くと、まるでその音楽の世界の中に入り込んだんじゃ
ないのか?と思えるほど、音楽を魂で感じる事ができた。
3年位前は、強迫の症状が酷く、365日強迫と戦っていて、夢の中ですら強迫
に追い掛け回され、自分の悲鳴で目が覚める事なんてしょっちゅうあった。
でも、そんな最悪の状況だと何故か感受性が驚くほど鋭くなっていて、物事
の本質まで簡単に見えてしまう感じだった。
だから、音楽を聞いても、曲の主張したいことが理屈じゃなくて、感覚的に
体感できていた。だから、感動も今とは比べ物にならないほどあった。
その点に関しては強迫が酷かった時の方が良いと言える。だけど、そこまで感性が
鋭いと日常生活がまともに送れないから困る。
僕は、対人恐怖的な症状があったけど(今もある)あの時は、公園に植えてある木
が人の姿に見える瞬間もあって、恐怖でその場から身動きが取れなくなったほどだ。
強迫が良くなるって事は、ある意味感性が鈍感になるって事でもあると思う。
鈍感だから日常生活が送りやすくなるし、鈍感だから人とも関われるし、鈍感
だから仕事もできる。
むき出しの感性では、自分にとって本当に心地よい事以外何もできなくなる。
とはいうもの、あの時と回復してきてる今ど、どちらが良いか?と尋ねられたら
やっぱり今の方が良い。
あの時の鋭い感性を残したまま、日常生活をそつなくこなす方法はないかと、最近
よく考えるけど、今のところ良い案は浮かばない。
最後に、強迫が酷いときよく聞いていた大好きな曲を紹介します。
この曲にどれだけ助けられた事か。
この動画を見てると、微笑ましい気持ちになると同時に、胸をえぐられる様な苦しさも感じる。何故なら、このバンドのメンバーから仲間の絆を感じるから。
実際本当に絆があるかなんて、この輪に飛び込んでみないと分からないけど、少なくてもこの動画なの中では、メンバーの意思が通じ合ってるように見える。
僕は、人間関係の絆にコンプレックスがある。
自分の家族との絆は大丈夫なのだが、家族以外の人間関係に対しては神経質になりやく、絆に対しての強い拘りがある。
キン肉マンとテリーマン
悟空とクリリン
ナルトとサスケ
現実の世界であんな絆は存在しない。
ピンチの時、お互い助け合う。
そんな絆に子供のころから憧れてきた。というか、今でも憧れてる。
その部分は、とても純粋なのだ。
話が少しそれたが、現実の世界では動画のメンバー同士程度の絆はある。
ところが、その程度の絆も結べない自分がいる。
それが、悔しくて情けなく感じるのだ。
いや、今度は大丈夫。
体調崩してから、嫌でも人の本質を見るようになったからな。
今度は、本質がまともな相手と付き合えばいいだけか。
たぶん。そんな気がする。
いや、それで大丈夫な・・・筈・・・
(ドラムの女の子の笑顔がステキだ^^しかも上手い)
最近彼女が欲しいsaisenです。
しかし!今の行動範囲の狭さと、気力体力のなさから判断すると
(彼女なんてできないよな・・・)
と、しょんぼりしてしまう。
うまくいかない時期は、ほんと何をやってもダメ。
今は、気休めにおみくじ引くのが精いっぱい!
▼わたしの2017年の恋愛運は・・・
たばこ吸ったことある?
▼本日限定!ブログスタンプ
ずっとレミオロメンの新曲だと思ってた。
バックナンバーが新曲を出すたびに、有線やネットで耳にしては、
『ああ、レミオロメンは相変わらずいい曲だすなあ』
って勘違いしてた。
最近知ったけど、バックナンバーっていうバンドみたいです。
こういう勢いがあるバンドには是非是非活躍してほしい。
ここ何年か(15年くらい?)は、日本の音楽シーンに盛り上がりを
感じないから。2000年前後は、新しく良い音楽が出てきて、面白かった。・・・気がする
バックナンバーが最近、ベストアルバムを出し たみたいなので、思い切ってレンタルじゃなく、購入してみようかと検討中。
【僕の心が死んでしまったときに聞く曲】
母親、神様、社会的モラルなど、自分にとって絶対的な正義が、実はクソかゴミの類だって気づいてしまい、正義に対しての怒り、不信感、悲しみなどをいだいても、すべてを手放すことができず葛藤してる。そんな曲と勝手に解釈してます。
PV中にでてくる黄色いスイセンの花言葉は、
「もう一度愛してほしい」「私のもとへ帰って」
けして明るいテーマではないけど、僕は、自分の心が死んでしまってると感じたとき、この曲をよく聞く。すると、死んでしまった心に血が通って、人間らしい感覚が少し蘇るのを感じる。
きっと自分の中にも、この曲のテーマに共鳴するところがあるから、心が黙っていられなくなるんだろう。
人間らしく生きてくためには、心の主張をしなければならないし、心が主張したがってるなら、生きようとしてる証拠なのだ。



