今の自分の生活パターンだと、人と話す事がほとんどない

一日の中で話す事と言えば、家族への『おはよう。』くらい

 

そんな生活が何年も続くと、話したい欲求がほぼ無くなる

そして自分が今どういう気持ちなのかもわからなくなってくる

 

例えば、お昼に何かを食べたいような気持になったとしても

何を食べたいのか分からなくて、しばらくその場で考え込んでしまう

 

まあ、それ位ならどうでもよいけど、この先自分がどう生きていきたいか?など、大切な事でさえ、よく分からなくなる

 

自分にとって大切な事も分からない状態って、かなり危険だ

しかし、危機感すら麻痺してしまうようで、この数年間は自分の感覚がマヒしてる事にすら気づかなかった

 

正確には気づく余裕がなかった

 

こうやってブログを再開したのは、麻痺してしまった感覚や考えのリハビリだ

 

続くかどうか分からないけど、まずは文章で自分の気持ちを確認していこうと思う

モニターに映し出される腸内の映像を見ながら、どうせ何も出てこないでしょ?と余裕ぶっていた。

 

しかし、検査でチェックする最後の小腸と大腸の境目辺りで、ポリープが2つ見つかった。

 

サイズは、2ミリ位

 

『ああ、これは検査して良かったかも』

 

と先生が言った。

 

『癌ではないけど、どういうポリープが調べるから取っちゃうね』

 

そういうと、小さいワイヤーみたいのでポリープを掴んで取ってくれた。

 

(すごく器用だな、さすがプロ)

と、素直に感心した。

 

後日、検査の結果を聞きに行った。

ポリープの危険度は、5段階中3と言われた。

 

あのまま5年位放置しておいたら、もしかすると癌になっていたかもしれないレベルだったらしい。

 

何にせよ、芽が小さいうちに摘み取って正解だったと思う。

 

今回検査して、自分が大腸癌になる因子を持っていることが分かったので、大事に至る前に対策しやすくなったと思う。

 

一応、来年また内視鏡検査するようにと先生に言われた。

 

30代、40代位だと、癌なんて自分に関係ないと油断してる人多いと思う。

 

でも、気づいた時には、癌が進行していて治療が大変になっているなんて事になりかねない。

 

でも、自分は癌になる可能性を持っていることが分かったので、今回検査して良かった。

 

大難が小難

こういうところは運がいいんだよな。俺は。

 

普段は、神様なんてクソくらえ位にしか思ってないけど、こういう時ばかりは、もしかして神様ってちゃんと見守ってくれてる?なんて考えてみたりする。

今年のはじめころ、今までにないくらいの下痢をした。

 

これはヤバくないか?

 

そう感じ、病院に行って血液検査とか検便とかして原因を調べていたけど、結果はいつも問題なしだった。

 

でも、相変わらず腹の調子が悪い。

 

これは一度、本格的に内視鏡検査でもしないとだめかな?と思って、近所で腕が良いと評判の病院に検査を申し込んだ。

 

検査の予約は、なんと三か月待ちだったが、特に急いでるわけではないので、申し込むことにした。

 

そして、今日が検査の日だった。

 

検査の前に腸の中を綺麗にしないといけないので、昨日の夜下剤を飲み、検査の前にも1.5リットル位下剤を飲まされた。

 

飲んでは出してを短期間に何度も繰り返すので、肉体的にもメンタル的にもかなりきつかった。

 

なにより痔のところが荒れて、出したり拭いたりするたびに、心の中で

 

(はう!)

 

と叫んでいた。

いや、声に出てたかも。

 

で、緊張しながら検査開始。

先生以外にも看護師さんとか何人かいて、けつに内視鏡入れられてるの見られるのヤダな。とか思っていたけど、意外にもほとんど何も感じなかった。

 

というか、自分の体が心配すぎて、モニターに映し出される自分の内臓に釘付けだった。

 

そんな時に、恥ずかしいとか感じるわけないよな。

 

つづく

【どうせあなたは愛されてる】

 

先日購入したマザーをクリアした

昔のゲームらしく難易度は高めで、攻略本や攻略サイト無しでクリアは、ほぼ不可能だと思う

 

チュートリアルから、エンディングまで手取り足取りナビしてくれる、最近のRPGが当たり前の人じゃ、序盤で嫌気がさしてコントローラーをモニターに投げつけそうなレベルだ

 

さて、このゲームを作った人は、このゲームを通して何を伝えたかったのだろうか?

 

僕に伝わってきたのは、どうせあなたは愛されてる
というメッセージだった

 

敵と戦っているときも、不気味なダンジョンを探索してる時も、常に僕の頭の中では

 

どうせあなたは愛されてる

 

という言葉が浮かんでいた

ゲーム内に、そういう場面やセリフがあったわけではない

このゲーム全般、人間ドラマを深く掘り下げるような場面はない

 

でも、旅の途中立ち寄った町での何気ない会話、ゲーム内で流れる音楽、素朴で温かみのあるグラフィック、主人公の実家で母親が好きな食べ物を作ってくれる事

 

そういったゲームを構成するうえであって当たり前のところから、製作者のメッセージが伝わってくるような気がした

 

どうせあなたは愛されている

 

『ああ、だからこのゲームのタイトルはマザーなんだ』

と、勝手に納得しながらエンディングを迎えた


エンディングのスタッフロールの最後に

TORU ONOZAKI(僕の名前)

 

と表記されるところも、粋な演出ではないか
そんなところにも、愛情が伝わってくるような気がした

 

 

4月の給料37200円でした

高校生のアルバイトでも稼げそうな額ですが

10年以上仕事ができなかった自分にとっては十分誇れる額です

 

やれ高収入だ、ハイスペックだと、やっきになってる方達

を見てると、そこって本当にムキになる必要があるのかな?と素で考えてしまう事があります

 

もちろん、収入が多いにこしたことはない

僕だって、できれば金は欲しい

 

けどさ、年収1000万稼ぐことより、仕事ができるだけの健康状態があるって事の方が、1000000倍位大切

 

これは、確信をもってはっきり言いきれる事です

 

昔よく、アントニオ猪木が

元気があれば、何でもできる!

 

と言い切っていたけど、あれは本当だと思う

(何でも言い過ぎだけど)手の届く範囲なら、何でもできると思う

 

仕事が全くできないくらい具合が悪い時、よく考えていたことがある

もし、今の自分が10億もっていたら、少しは楽になるのかな?って。

 

でも、想像を膨らませれば膨らませるほど、健康状態が悪いと、金なんていくら持っていても、どうする事も出来ない事に気づいた

 

高級車があっても、乗る事ができない

美味しいものがあっても、食べられない

 

女遊び?そんな体力どこにある?

イケメンな洋服?そんなもの何処に着てく?

 

会社作る?無理無理

海外旅行?だから無理だってw

 

結局、健康でなければ、金なんていくらあっても使う事すらできないのだ

 

海外の大富豪が、なんで慈善事業に莫大な金を使うか、それはたぶん、自分の為に金を使うには限界がある事を知ってるからだと思う

 

けどこんな自論は、働けるのが当たり前すぎる人達から見たら、弱者の戯言くらいにしか聞こえないのかもね

 

僕からしてみたら、ハイスペックという言葉に捕らわれる前に、金の持つ意味をもう少し真剣に考えてればいいのにな

 

と思ってしまうのです

まあ、余計なお世話だろうけどね

 

でも、何も心配せずに仕事ができるってだけで、既に恵まれているし、立派でもある

 

これは間違いないよ

 

 

2か月位前から近所の蕎麦屋で仕事を始めた

体調の心配もあり、常に(今でも)いつまで続けられるか分からないという、不安がある

 

でも、なんだかんだで2か月継続できた

今は、週二回で5時間前後働いてる

 

たったそれだけ?

 

フルタイムで仕事している人から見たら、きっと

そう思うだろう

 

しかし!

 

13年もの間、体調不良の為まったく外で仕事ができなかった

自分からしてみたら、大きな前進だし、今はこれでもかなり

体力的にきついのだ

 

職場の人達がとても親切なので、このまま続けて

少しずつ働ける時間をのばしていきたい

 

今日は、他のスタッフの支えもあったおかげで、仕込みから

クローズまで頑張れた

 

少しだけど、やっと外で働けるようになってきたよ

ここまで本当に長かったな

映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 〜はばたけ 天使たち〜 は、1986年?位に上映された、のび太と鉄人兵団のリメイク版だ。たぶん ネットフリックスにあったので 子供の頃観た1986年版の鉄人兵団が懐かしくて、何となく見始めた 知っての通り、映画ドラえもんは美しい友情劇が多い 鉄人兵団もそんな美しい友情劇だったのだが 観ながら 『こんな友情や絆があったら素晴らしいけど、しょせん物語の中だけ』 と、どこか冷めた気持だった でも、なんだかんだで最後まで観てしまい 最後に、バンプの友達の唄が流れたとき 不意に涙が溢れてきてしまった 『ああ、きっと僕の心は、まだこういう絆を求めているんだな』 そう素直に思えた 現実では、こんな絆はそう簡単には築けない 一見仲が良くても、病気や大きなスランプになった時 人はびっくりするほど、簡単に離れて行ってしまう それを身をもって経験してしまったから、美しい友情劇なんて あるわけない。そういう価値観になってしまったように思える 頭では、こんなものあるわけないでしょ。と冷めていても 心では、やっぱりこういう絆があると信じていたんだろう おもむろに観だした、ドラえもんに色々と考えさせられた一日だった

先週、新しい眼鏡を作るため眼鏡屋に行った

眼鏡が仕上がるまで1時間ほどかかるという

 

丁度お昼時だったので、何か食べて時間を潰すかと考えて、母が働いてる蕎麦屋で昼食を取ることにした

 

その蕎麦屋を訪れるのは6年ぶり位

店長を含む従業員は、何人かが知り合いだ

 

その従業員の一人に、最近何してるの?

と尋ねられたので、最近は運動してるくらいで仕事はしてないと言い、でも気持ち的には仕事がしたいと言ったら、ちょうど店にいた店長に取り次いでくれて、いきなり仕事の面接になった

 

いきなりの面接に戸惑いながらも、働く意思はものすごくあることや、体調面で不安があり、長い時間は働けないことなど、なるべく自分の状況と心境が伝わるように説明した

 

他の職場の面接じゃ、まず採用されないだろうけど、話がとんとん拍子に進んで、これそうな時でいいから手伝いに来てと言ってもらえた

 

働く曜日も時間も未定なのに、雇ってくれた店長に感謝してもしきれない

 

店長曰く、うちの母にすごく世話になってると言っていたので、僕が働けるのは母の人望のおかげかもしれない

 

眼鏡が仕上がるまでの時間つぶしに訪れた蕎麦屋で、何故か急に面接になって、しかもやとってもらえるなんて、本当に驚きだ

 

この13年位は、何をどう努力しても上手くいかないことばかりだったのに、上手くいくときは、何も考えなくてもトントン拍子で話が進むなんて、ちょっと信じられない感じだ

 

それで、今日9時~14時と短い時間だけど、早速働いてきました。ものすごく良い職場で、絶対続けたいと思いました。

 

 

 

朝起きてトイレでの出来事

 

尿が妙に濃い

なんというか、黄色を更に濃くしたような色

 

ん~これは、何か嫌な予感と思い

よーく尿を監査すると、ちょっと血が混じってた

 

うわ~、なんか出てきたよ

というのが初めに思ったこと

 

気持ち的には、黒いモヤモヤとした不安が

胸の中で、煙のように渦巻いてました

 

病院へ行くかどうか一瞬迷ったけど

これは、行かないとダメだろ

 

と思って、早速支度して近所の総合病院へ

行って検査しました

 

診察室に呼ばれて、まず初めに医者に

言われたのが

 

『右の腎臓と、膀胱に小さい石あるね』

 

レントゲン写真を見ると、確かに

小さい影がぽつりと写ってる

 

これくらいなら勝手に出てくるから

まあダイジョブでしょうとの事

 

薬も何も出ないまま、会計だけすませて

病院を後にしました

 

僕は長年、自律神経の治療で、鍼灸に通って

るのだけど、鍼灸の先生が言われたのが

 

『少しずつ良くなってきてるから、良くなる過程であちこち悪い部分出てくるはずだよ』

 

と言われてたけど、その通りだな

と素直に納得

 

今まではきっと、悪い部分を出す力すらなかったから、これはこれで良い方向へ進んでると、少し前向きに捉えています

 

もちろん、何もないのが一番いいんだけどさ

というわけで、これから色々悪い何かが出てくると思うので、何かあれば気持ちの整理の為に、ブログに書いていきます

 

 

昨日も下痢になってしまい、これは一度素直に病院へ行こう。と、本日、近所の内科に行ってきました。

 

医師が言うには

 

『腸炎になった時、下痢で良い菌が沢山外に出てしまって、そのため腸が弱ってるのかも』

 

との事でした

 

それで、ミヤBMという整腸剤処方されて帰ってきました

それでも改善されないようなら、もっと詳しく調べた方が良いみたいです

 

もうすぐ40代に突入するので、人生の中盤戦に向けて

本格的に健康診断した方が良いと考え中

 

もし大きな病気があったとしても、初期段階で見つければ

治療の選択肢も、治る確率も高いだろうし

 

誰だって同じだろうけど、自分や家族の健康ってすごく心配に

なります

 

今日はちょっと真面目な気持を書いてみました