「今、優しい人に囲まれて幸せだ」
さくらは子供の頃の自分にそう言ったのかもしれません。

吃音だとわかりやすく「優しくない人が遠ざかります」
重松清さんは言っています。
「吃音だと露骨に嫌な顔をする人」がいる。
そういう人とは付き合わないで済んでるから「いい」(と思うしかない)
辛い思い、大変な思いは人を成長させる、、そう思って、頑張るしかないのかもしれません。
てんちょーが福山雅治にそっくりで流暢な日本語だったらモテモテでしょうけど、モテるからいいってものでもないです。
今のお嫁さんと出会えて、今みたいな生活ができてはいないと思います。
もし、吃音じゃなかったら
もし、イケメンだったら
もし、美人だったら
想像するのは自由です。
でも、そういうのはほどほどにして「持ってるもので戦う作戦練り」の方が重要です。
(おまけ)
さくらがライブの時に「私は吃音です」と宣言していたけど
“いいこと”ばかりではないはずです。
そこんところもちゃんと描くんでしょうか?
それとも「フィクション」なので都合よくお話が進むんでしょうか?
アレを見て「自分も!」なんつって、子供が真似したらどうすんの?