【その5から続き】
「あー、ヒマだ! ヒマすぎてあっという間に即身仏!」
「うわあ、急速に干からびてミイラになってるー!?」
「なにー、ミイラだってー? ピラミッドを探検だー! 墓荒らすぞー。お宝盗むぞー!ピラミッドパワー!」
「明るい盗掘犯だな。ファラオに呪われろ!」
今日も三馬鹿トリオは元気だ。昼食を食べて、即コントである。カトレアが「ヒマじゃないのはご飯を食べる時だけだー」と豪語(?)するだけはある。、
「ふぁ~ぁ、今日も世はなべてこともなし。桃栗3年ナスターシャム、ローズは9年で成り下がる、カトレアの馬鹿めが18年♪ ……食べたら眠くなってきた。我々は昼寝でもしよう」
「そう言いながら、当たり前のように私の太ももを枕にしないで」
三馬鹿コントを遠目で見ながら、竜胆と紫蘭は中庭のベンチに二人座って、食後の一時を楽しんでいた。竜胆はダラダラするのは好きではないが、食後の眠気には勝てない。ウトウトとしかけた時、おもむろに紫蘭が起きあがった。
「竜胆。行こう」
「ふぇ!? どこに?」
紫蘭はシッと人指し指を立てると、『あれだ』という風に顎をしゃくった。見れば、なるほど、リリーとスノウが、いつになく険しい顔で一心不乱にどこかに向かっている。
「どうしたのかしら? なんだか深刻そうだけど……」
「尾行すればわかる」
紫蘭は、あっさり言うや、気配を消し、足音を殺して二人を追跡し始める。
「ええ~? いや、私はそんな尾行とか無理……、見つかっても知らないからね」
足音を殺すなんて芸当は真似できないし、身長も大きくて目立ちやすく、はっきり言って尾行には向いてない。だが、心配は杞憂だった。リリーたちは何やら思い詰めた様子で、周囲のことなどまるで目に入っていない。難なく後を追うことができた。
二人は滅多に使われることのない建物の端にある集会場に入っていった。
「話って何? 愛の告白かな」
ドアの隙間から部屋を覗くと、リリーとスノウが、ファルスと対峙していた。ファルスは余裕のある笑顔で応じているが、リリーの顔は険しく、スノウは怯えた青ざめた表情で、よく見ると身体も小刻みに震えていた。
「先にお礼を言わなければならないわね。この前は助けてくれてありがとう」
「どういたしまして……。うん、明らかにそれが本題じゃないみたいだね」
「私も助けてもらって問い詰めるなんてしたくないわ。でも、聞いておかなければ、私の気が収まらない。……これなんだけど」
リリーが手に持っているのは、毎日飲む『お薬』だ。繭期の症状を抑えるために絶対に必要な薬。そう聞かされ、特に疑問なく飲んでいるが、何か問題があったのだろうか。身体に変調をきたした記憶など、少なくとも竜胆にはない。
「薬がどうしたんだい?」
「ニオイが同じなの」
スノウがファルスから目線を逸しながら、震える声でポツリと答えた。
「この前、リリーを助けようとしたあなたが傷を負った時、飛び散った血を私も浴びたわ。その時に、嗅いだ血のニオイと、この薬を潰した時に出るニオイがまったく同じ。そうとしか思えないの」
『お薬』は少し柔らかい固形状の物体だ。確かに噛み潰すとクセの強い味やニオイがするのは知っているので、みんなそのまま飲み込む習慣がついている。そのため、どんなニオイなのか記憶にない。
「私は大きいのを飲むのが苦手だから、いつも小さくして飲むから」
「へえ、面白い発見だ。スノウは鼻がいいんだね」
「良い訳じゃないわ……鼻につくから、残るの」
スノウは涙をこぼさないよう懸命に堪えていた。心の優しい子だ。こうやって糾弾をしなければならないこと自体が辛いのだろう。しかし、結果的に言葉は酷くきついものになったので、ファルスも苦笑する。
「手厳しいね。偶然の一致だと思わなかったのかい?」
「私もスノウに言われて、そうとしか思えなくなったから、このクランを隅々まで調べたのよ。そしたら、見つかったわ。あなたの血を使って『薬』が作られる、地下の生産工場をね!」
リリーが決意に満ちた眼差しでファルスを睨む。ファルスは一瞬スッと目を細め、そして、哄笑した。
「あっはははは、なーんだ、そこまで見られてたのか。きっちり証拠を揃えて裏を取ってから抗議にくるところが、キミの怖いところだよ、リリー」
「何が可笑しいの!? あなたは血を飲ませてどうしたいの」
「いやいや、あくまで繭期の症状を抑える薬だよ。血は、そうだなあ、簡単に言うと、長生きできる効果を付与してるというのかな」
「ふざけないで!」
パァンと部屋に音が響く。リリーが激高して、ファルスの頬を張ったのだ。
「痛たた」
「何を企んでるの!? そ、それとも自分の血を飲ませて喜んでるただの変態?」
「酷いことを言うなあ。もう500年の付き合いなのに、なかなか仲良くなれない。アッハッハ」
「……え? ははっ、何を言ってるの?」
リリーは一瞬耳を疑い、そして、悪質な冗談だと判断し、笑い飛ばした。ひきつった声で。スノウは眉を潜め、ファルスの顔を穴が空くほど見つめている。
「まさか、今、500年って言った? 子どもみたいな嘘をつくのね」
「言ったよ。だから、長生きできるって説明したじゃないか」
ファルスは肩をすくめ、聞き分けのない子どもを諭すように、ゆっくりと話した。
「リリー。僕は『さっきから何一つ嘘もついてないし、冗談も言ってないんだ』」
「だって、意味がわからない! そんなこと信じろっていうの!?」
リリーは涙目で悲痛に叫んだ。荒唐無稽な、お伽話としても稚拙な話である。しかし、彼女は、根っこでそれを信じてしまっているのだろう。リリーの肩を抱くスノウも顔を歪ませ、必死で叫び出すのを我慢しているようだった。
ファルスは心底愉快そうに微笑んだ。
「キミたちは、本当に勘がいいよ。これでもう気づいたのは4度目かな。100年に1度のペースだね」
「4度目!? そんなの私、覚えてない! もう変なこと言うのは止めて!」
「そろそろ限界だね。もう大丈夫だよ。僕が、全部、忘れさせてあげるから」
「えっ……」
リリーが反射的に耳を押さえた。あれは、おそらく、耳に、いや、脳に直接不快な音が鳴り響くような、そんな感覚が、彼女を襲っているはずだ。
「まさか! イニシアティブ!? 噛まれた記憶なんて!」
「やめて、ファルス……」
「おやすみ……。目が覚めたら、また、いつもの毎日だ。悠久の時を一緒に過ごそう」
「……うっ」
ほんの少しの呻き声と共に、二人は折り重なるように、ゆっくりと床に倒れた。どうやら眠っているようだ。
「キミたちが気づくたびに、記憶は消してるからね。何も覚えてなくて当然だよ。僕の最高傑作」
ファルスは二人の前にしゃがむと、愛おしそうに二人の髪の毛を撫でた。ファルスにとって彼女たちは何なのかわからない。しかし、とても大切にしているのはわかった。
「500年だと? そんな馬鹿な話があってたまるか」
一連の異様な流れを扉の隙間から目撃した紫蘭が、小声で吐き捨てる。
「寿命は等しく訪れるものだ。人間でもヴァンプでも。あいつが何を企んでるのか知らんが、与太話を真に受けても仕方ない。真相を突き止めなければ」
「ひとつ、与太話じゃない、可能性はあるわ」
竜胆は、隠しきれない興奮が声に滲むのを感じた。
500年を生きる存在。殺しても死なない身体。材料が揃いつつある。
紫蘭も同じ存在を思い浮かべたのか、ハッと目を見開いた。
「まさか!」
「覗き見は趣味が悪いんじゃないか?」
『!?』
不意にかかった声に驚いて、竜胆たちは声にならない悲鳴を上げた。いつの間にか、ファルスが扉から顔を出して、二人を見下ろしていた。竜胆はヘナヘナと腰を抜かしてへたり込む。
「誰かが見てるとは思ったんだけどね。君たちだったか」
どうやらすでに気づいていたらしい。紫蘭は肩をすくめた。
「面白い劇を見させてもらったよ。……ファルス、貴様、目撃されてもそれだけ余裕をかましてるということは、すでに私たちのイニシアティブも取っているな?」
「正解」
さすが紫蘭である。こんな状況でも冷静で鋭い推理だ。
「ふん、せっかくだ。記憶を消される前に、真相を聞かせてはくれないか」
紫蘭は強かにも、完全に主導権を握られた状態で、なお話のペースを握ろうとしている。おそらくは、銃を使う隙を窺っているはずだ。ファルスも紫蘭の意図に気づいてるはずだが、笑顔で同意した。
「ははっ、それはいい。僕もなかなかできない話だからね。たまに誰かに打ち明けたくなるんだよ。じゃあ、一度部屋に入って。ほら、竜胆も」
ファルスが余裕の笑顔で、床に座ったままの竜胆に手を伸ばす。
「あ」
竜胆も油断していた。
ファルスは、手が届く距離まで、竜胆に近づいてしまった。
男が、ニオイを感じるほど、すぐそばにいる。
「バカっ!」
紫蘭の怒鳴り声が、聞こえた、気がした。
目の前が真っ赤に染まる。
朱い朱い色。
獲物を求む、修羅の色。
「あああああああああああああああああ!!」
「うわっ!?」
竜胆の身体がバネのように跳ね上がり、ファルスの首めがけて、頭が大砲のように食らいつく。ファルスは寸でのところでかわし、バックステップで距離を取ろうとするが、竜胆は間髪入れずに地面を蹴り上げ、距離を詰めた。
「ちょ、マジこれ!?」
かろうじて、激しいニの撃、三の撃もかわす。いつもおしとやかな竜胆が野獣のような動きをするので、どうにもやりにくい。狂気を纏った血走った瞳も、まるで別人のようだ。紫蘭が苛立たしげに優男を罵る。
「だから近づくなと何度も警告したはずだ!」
「そういう意味だと思わないだろ!」
異常な動きの速さに焦り気味だったファルスだが、竜胆が噛みつき以外を狙っていないことに気づき、ペースを取り戻し始めた。
「ガアァ!」
「おっと。これでも昔は剣術は得意でね。成績良かったんだよ。エリート貴族たちですら、僕には敵わなかった」
軽口を叩きながらも、ファルスは徐々に追いつめられていた。このままでは、竜胆は自分を『噛む』まで収まらないだろう。
「仕方ない。話はまた今度にしよう。止まれ、竜胆!」
イニシアティブを発動させる。しかし、竜胆の動きにまったく変化がない。
「効かない!? いや『届いてない』のか?」
イニシアティブがなぜ起こるか。その詳しい仕組みは、ヴァンプたち自身でも理解できていない。だが、脳への働きかけで、相手を意のままに動かすらしい、というのが現代学説の主流だ。つまり、今の竜胆は脳がまともに動いていないのかもしれない。
「わかった。いいよ。噛めばいい。でも、どっちが上位か脳じゃなく『本能』に教えてあげないとね」
ファルスは動きを止めると、両手を大きく広げた。待望の再会をした恋人同士のように、竜胆がその胸に飛び込み、そして、首に勢いよく噛みついた。
「うあうううがうううううう」
尖った歯が容赦なく首の根本あたりに食い込む。とても少女とは思えない強い力に倒されそうになるが、何とか全力で押し返して踏ん張った。
「抱きしめられるのは嬉しいけど、もう少し加減してくれないかなあ」
骨さえ折れてしまいそうな熱い抱擁に、汗を滲ませてファルスは苦笑した。話など無論通じるわけがない。こうなったら、獣のように、純粋な力関係で従わせるしかない。
「キミに、傷をつけるよ」
ファルスは首筋に軽く口をつけて狙いを定めると、思いっきり噛みついた。
イニシアティブはすでにファルスが取っているのでそれは変わらない。そうではなく、生き物としてマウントを取るつもりなのだ。
ファルスにとっては根比べだった。少なくとも竜胆が噛み続ける限り、こちらから離すわけにはいかない。長い長い時間が過ぎた後、不意に、竜胆の力が不意に緩み始めた。牙が離れ、目から狂気が薄れ、呆然と焦点の合わない目で虚空を見つめると、クタリと崩れ落ちた。
ファルスは額に浮かんだ大粒の汗を拭い、大きく息を吐いた。
「ふう、体力が尽きたかな。竜胆が女の子で助かったよ。女の子だから、傷跡が残りにくいように噛むのも気を遣ったけどね」
「そうだな。竜胆を止めたのは礼を言おう。だが、お別れだ、ファルス!」
「あ」
見ると、紫蘭が銃口をファルスに向けていた。
そうだ紫蘭が自身のイニシアティブを取られた相手を生かしておくわけがなかった。
理解すると同時に銃声が鳴り、弾丸が三発、ファルスの頭を貫いた。
【その7へ続く】
「あー、ヒマだ! ヒマすぎてあっという間に即身仏!」
「うわあ、急速に干からびてミイラになってるー!?」
「なにー、ミイラだってー? ピラミッドを探検だー! 墓荒らすぞー。お宝盗むぞー!ピラミッドパワー!」
「明るい盗掘犯だな。ファラオに呪われろ!」
今日も三馬鹿トリオは元気だ。昼食を食べて、即コントである。カトレアが「ヒマじゃないのはご飯を食べる時だけだー」と豪語(?)するだけはある。、
「ふぁ~ぁ、今日も世はなべてこともなし。桃栗3年ナスターシャム、ローズは9年で成り下がる、カトレアの馬鹿めが18年♪ ……食べたら眠くなってきた。我々は昼寝でもしよう」
「そう言いながら、当たり前のように私の太ももを枕にしないで」
三馬鹿コントを遠目で見ながら、竜胆と紫蘭は中庭のベンチに二人座って、食後の一時を楽しんでいた。竜胆はダラダラするのは好きではないが、食後の眠気には勝てない。ウトウトとしかけた時、おもむろに紫蘭が起きあがった。
「竜胆。行こう」
「ふぇ!? どこに?」
紫蘭はシッと人指し指を立てると、『あれだ』という風に顎をしゃくった。見れば、なるほど、リリーとスノウが、いつになく険しい顔で一心不乱にどこかに向かっている。
「どうしたのかしら? なんだか深刻そうだけど……」
「尾行すればわかる」
紫蘭は、あっさり言うや、気配を消し、足音を殺して二人を追跡し始める。
「ええ~? いや、私はそんな尾行とか無理……、見つかっても知らないからね」
足音を殺すなんて芸当は真似できないし、身長も大きくて目立ちやすく、はっきり言って尾行には向いてない。だが、心配は杞憂だった。リリーたちは何やら思い詰めた様子で、周囲のことなどまるで目に入っていない。難なく後を追うことができた。
二人は滅多に使われることのない建物の端にある集会場に入っていった。
「話って何? 愛の告白かな」
ドアの隙間から部屋を覗くと、リリーとスノウが、ファルスと対峙していた。ファルスは余裕のある笑顔で応じているが、リリーの顔は険しく、スノウは怯えた青ざめた表情で、よく見ると身体も小刻みに震えていた。
「先にお礼を言わなければならないわね。この前は助けてくれてありがとう」
「どういたしまして……。うん、明らかにそれが本題じゃないみたいだね」
「私も助けてもらって問い詰めるなんてしたくないわ。でも、聞いておかなければ、私の気が収まらない。……これなんだけど」
リリーが手に持っているのは、毎日飲む『お薬』だ。繭期の症状を抑えるために絶対に必要な薬。そう聞かされ、特に疑問なく飲んでいるが、何か問題があったのだろうか。身体に変調をきたした記憶など、少なくとも竜胆にはない。
「薬がどうしたんだい?」
「ニオイが同じなの」
スノウがファルスから目線を逸しながら、震える声でポツリと答えた。
「この前、リリーを助けようとしたあなたが傷を負った時、飛び散った血を私も浴びたわ。その時に、嗅いだ血のニオイと、この薬を潰した時に出るニオイがまったく同じ。そうとしか思えないの」
『お薬』は少し柔らかい固形状の物体だ。確かに噛み潰すとクセの強い味やニオイがするのは知っているので、みんなそのまま飲み込む習慣がついている。そのため、どんなニオイなのか記憶にない。
「私は大きいのを飲むのが苦手だから、いつも小さくして飲むから」
「へえ、面白い発見だ。スノウは鼻がいいんだね」
「良い訳じゃないわ……鼻につくから、残るの」
スノウは涙をこぼさないよう懸命に堪えていた。心の優しい子だ。こうやって糾弾をしなければならないこと自体が辛いのだろう。しかし、結果的に言葉は酷くきついものになったので、ファルスも苦笑する。
「手厳しいね。偶然の一致だと思わなかったのかい?」
「私もスノウに言われて、そうとしか思えなくなったから、このクランを隅々まで調べたのよ。そしたら、見つかったわ。あなたの血を使って『薬』が作られる、地下の生産工場をね!」
リリーが決意に満ちた眼差しでファルスを睨む。ファルスは一瞬スッと目を細め、そして、哄笑した。
「あっはははは、なーんだ、そこまで見られてたのか。きっちり証拠を揃えて裏を取ってから抗議にくるところが、キミの怖いところだよ、リリー」
「何が可笑しいの!? あなたは血を飲ませてどうしたいの」
「いやいや、あくまで繭期の症状を抑える薬だよ。血は、そうだなあ、簡単に言うと、長生きできる効果を付与してるというのかな」
「ふざけないで!」
パァンと部屋に音が響く。リリーが激高して、ファルスの頬を張ったのだ。
「痛たた」
「何を企んでるの!? そ、それとも自分の血を飲ませて喜んでるただの変態?」
「酷いことを言うなあ。もう500年の付き合いなのに、なかなか仲良くなれない。アッハッハ」
「……え? ははっ、何を言ってるの?」
リリーは一瞬耳を疑い、そして、悪質な冗談だと判断し、笑い飛ばした。ひきつった声で。スノウは眉を潜め、ファルスの顔を穴が空くほど見つめている。
「まさか、今、500年って言った? 子どもみたいな嘘をつくのね」
「言ったよ。だから、長生きできるって説明したじゃないか」
ファルスは肩をすくめ、聞き分けのない子どもを諭すように、ゆっくりと話した。
「リリー。僕は『さっきから何一つ嘘もついてないし、冗談も言ってないんだ』」
「だって、意味がわからない! そんなこと信じろっていうの!?」
リリーは涙目で悲痛に叫んだ。荒唐無稽な、お伽話としても稚拙な話である。しかし、彼女は、根っこでそれを信じてしまっているのだろう。リリーの肩を抱くスノウも顔を歪ませ、必死で叫び出すのを我慢しているようだった。
ファルスは心底愉快そうに微笑んだ。
「キミたちは、本当に勘がいいよ。これでもう気づいたのは4度目かな。100年に1度のペースだね」
「4度目!? そんなの私、覚えてない! もう変なこと言うのは止めて!」
「そろそろ限界だね。もう大丈夫だよ。僕が、全部、忘れさせてあげるから」
「えっ……」
リリーが反射的に耳を押さえた。あれは、おそらく、耳に、いや、脳に直接不快な音が鳴り響くような、そんな感覚が、彼女を襲っているはずだ。
「まさか! イニシアティブ!? 噛まれた記憶なんて!」
「やめて、ファルス……」
「おやすみ……。目が覚めたら、また、いつもの毎日だ。悠久の時を一緒に過ごそう」
「……うっ」
ほんの少しの呻き声と共に、二人は折り重なるように、ゆっくりと床に倒れた。どうやら眠っているようだ。
「キミたちが気づくたびに、記憶は消してるからね。何も覚えてなくて当然だよ。僕の最高傑作」
ファルスは二人の前にしゃがむと、愛おしそうに二人の髪の毛を撫でた。ファルスにとって彼女たちは何なのかわからない。しかし、とても大切にしているのはわかった。
「500年だと? そんな馬鹿な話があってたまるか」
一連の異様な流れを扉の隙間から目撃した紫蘭が、小声で吐き捨てる。
「寿命は等しく訪れるものだ。人間でもヴァンプでも。あいつが何を企んでるのか知らんが、与太話を真に受けても仕方ない。真相を突き止めなければ」
「ひとつ、与太話じゃない、可能性はあるわ」
竜胆は、隠しきれない興奮が声に滲むのを感じた。
500年を生きる存在。殺しても死なない身体。材料が揃いつつある。
紫蘭も同じ存在を思い浮かべたのか、ハッと目を見開いた。
「まさか!」
「覗き見は趣味が悪いんじゃないか?」
『!?』
不意にかかった声に驚いて、竜胆たちは声にならない悲鳴を上げた。いつの間にか、ファルスが扉から顔を出して、二人を見下ろしていた。竜胆はヘナヘナと腰を抜かしてへたり込む。
「誰かが見てるとは思ったんだけどね。君たちだったか」
どうやらすでに気づいていたらしい。紫蘭は肩をすくめた。
「面白い劇を見させてもらったよ。……ファルス、貴様、目撃されてもそれだけ余裕をかましてるということは、すでに私たちのイニシアティブも取っているな?」
「正解」
さすが紫蘭である。こんな状況でも冷静で鋭い推理だ。
「ふん、せっかくだ。記憶を消される前に、真相を聞かせてはくれないか」
紫蘭は強かにも、完全に主導権を握られた状態で、なお話のペースを握ろうとしている。おそらくは、銃を使う隙を窺っているはずだ。ファルスも紫蘭の意図に気づいてるはずだが、笑顔で同意した。
「ははっ、それはいい。僕もなかなかできない話だからね。たまに誰かに打ち明けたくなるんだよ。じゃあ、一度部屋に入って。ほら、竜胆も」
ファルスが余裕の笑顔で、床に座ったままの竜胆に手を伸ばす。
「あ」
竜胆も油断していた。
ファルスは、手が届く距離まで、竜胆に近づいてしまった。
男が、ニオイを感じるほど、すぐそばにいる。
「バカっ!」
紫蘭の怒鳴り声が、聞こえた、気がした。
目の前が真っ赤に染まる。
朱い朱い色。
獲物を求む、修羅の色。
「あああああああああああああああああ!!」
「うわっ!?」
竜胆の身体がバネのように跳ね上がり、ファルスの首めがけて、頭が大砲のように食らいつく。ファルスは寸でのところでかわし、バックステップで距離を取ろうとするが、竜胆は間髪入れずに地面を蹴り上げ、距離を詰めた。
「ちょ、マジこれ!?」
かろうじて、激しいニの撃、三の撃もかわす。いつもおしとやかな竜胆が野獣のような動きをするので、どうにもやりにくい。狂気を纏った血走った瞳も、まるで別人のようだ。紫蘭が苛立たしげに優男を罵る。
「だから近づくなと何度も警告したはずだ!」
「そういう意味だと思わないだろ!」
異常な動きの速さに焦り気味だったファルスだが、竜胆が噛みつき以外を狙っていないことに気づき、ペースを取り戻し始めた。
「ガアァ!」
「おっと。これでも昔は剣術は得意でね。成績良かったんだよ。エリート貴族たちですら、僕には敵わなかった」
軽口を叩きながらも、ファルスは徐々に追いつめられていた。このままでは、竜胆は自分を『噛む』まで収まらないだろう。
「仕方ない。話はまた今度にしよう。止まれ、竜胆!」
イニシアティブを発動させる。しかし、竜胆の動きにまったく変化がない。
「効かない!? いや『届いてない』のか?」
イニシアティブがなぜ起こるか。その詳しい仕組みは、ヴァンプたち自身でも理解できていない。だが、脳への働きかけで、相手を意のままに動かすらしい、というのが現代学説の主流だ。つまり、今の竜胆は脳がまともに動いていないのかもしれない。
「わかった。いいよ。噛めばいい。でも、どっちが上位か脳じゃなく『本能』に教えてあげないとね」
ファルスは動きを止めると、両手を大きく広げた。待望の再会をした恋人同士のように、竜胆がその胸に飛び込み、そして、首に勢いよく噛みついた。
「うあうううがうううううう」
尖った歯が容赦なく首の根本あたりに食い込む。とても少女とは思えない強い力に倒されそうになるが、何とか全力で押し返して踏ん張った。
「抱きしめられるのは嬉しいけど、もう少し加減してくれないかなあ」
骨さえ折れてしまいそうな熱い抱擁に、汗を滲ませてファルスは苦笑した。話など無論通じるわけがない。こうなったら、獣のように、純粋な力関係で従わせるしかない。
「キミに、傷をつけるよ」
ファルスは首筋に軽く口をつけて狙いを定めると、思いっきり噛みついた。
イニシアティブはすでにファルスが取っているのでそれは変わらない。そうではなく、生き物としてマウントを取るつもりなのだ。
ファルスにとっては根比べだった。少なくとも竜胆が噛み続ける限り、こちらから離すわけにはいかない。長い長い時間が過ぎた後、不意に、竜胆の力が不意に緩み始めた。牙が離れ、目から狂気が薄れ、呆然と焦点の合わない目で虚空を見つめると、クタリと崩れ落ちた。
ファルスは額に浮かんだ大粒の汗を拭い、大きく息を吐いた。
「ふう、体力が尽きたかな。竜胆が女の子で助かったよ。女の子だから、傷跡が残りにくいように噛むのも気を遣ったけどね」
「そうだな。竜胆を止めたのは礼を言おう。だが、お別れだ、ファルス!」
「あ」
見ると、紫蘭が銃口をファルスに向けていた。
そうだ紫蘭が自身のイニシアティブを取られた相手を生かしておくわけがなかった。
理解すると同時に銃声が鳴り、弾丸が三発、ファルスの頭を貫いた。
【その7へ続く】