「で、君たちはどうするの?」

 ファルスは笑いながら、からかうように尋ねてくる。

「僕を殺すかい? ムダだとは思うけど」
「そんな! 殺すだなんて……」

 血なまぐさい言葉に、竜胆は顔をしかめて否定する。血盟議会の幹部の家で育てられた箱入りのお嬢様だ。お屋敷の箱から、クランという違う箱に来ても、その育ちの良さは失われるものではない。
 
「ふん、私はムダなことはしない主義だ。それで? では、貴様は我らを殺すのか?」

 紫蘭が不敵にファルスを睨み付ける。右手に握ったマスケット銃の撃鉄を起こす音が竜胆の耳にも届いた。

「やめて……紫蘭……」

 一触即発の緊張感に声が掠れる。紫蘭も精一杯突っ張ってはいるが、顔を強張らせて余裕はなさそうだ。自分の虫の羽音よりも小さな声など、耳に届いてはいないだろう。
 このままでは万に一つも勝ち目はない。

(ううん、勝つ必要はない。それに私は……)

 竜胆は全身を震わせながら、半ば無意識に、右手を挙げた。

 
 【数日前】
 
「今日もしみったれた雨が降ってるわね。あー、晴れてたらお弁当持ってピクニックにでも行くのにー」
「紫蘭。クランの外に出て、人間に見つかったらどうするの」

 竜胆が軽くたしなめると、窓から身を乗り出していた紫蘭が振り返って、げんなりとした顔を見せつけてくる。

「わかってるのだ。もー、竜胆は真面目じゃのう」
「紫蘭が真面目じゃないだけよ。ううん、あなただけじゃない。このクランの子はみんなのんびりしすぎなのよ」

 繭期、人間でいう思春期を過ごす12歳~18歳ぐらいまでの彼女たちは、若さだけを持て余し、日がな一日おしゃべりをしたり、お茶会をしたり……とにかく生産的な活動をしている者は極端に少ない。本を読むなんてことだけでも、優等生の仲間入りだ。

「そうじゃなあ。一日中、寝て、食べて、遊んでるだけでは、そりゃ締まりもなくって当然だ。いくら繭期は精神的に不安定な時期だからといって、保育園ではない。学校のように授業があった方がいいかもしれんな」

 指導者もおらず、上下関係もなく、では規律も何もあったものではない。自由とは洗練された規律の上にこそ成り立つ、と考える竜胆にとっては、緊張感のなさがストレスになる時もある。自然とため息が出た。

「ふぅ……自分が何でここに来たかすら忘れてる子もいるからね」
「あはは、繭期だからってそりゃシャレにもならん」
「笑い事じゃないわ」

 そういう竜胆も同じ繭期を『こじらせて』ここに来たので、他人のことをとやかく言えるわけではないのだが。
 
「ま、いい。私たちだって、遊んで時間潰すしかない。散歩でもしよう」
「そうね。身体も動かさないと」

 竜胆は、ずっと部屋にいても苦痛に感じない性質ではあるが、しかし、一日中動かないでいては、それこそ若くしてボケるか寝たきりになってしまいそうである。サッサと階段を下りる紫蘭の後について、クラン内の広場に出た。
 すると、タイミング悪く、赤みがかかった茶髪で短髪の少女が大声で喚きながら、目の前に倒れ込んできたので、竜胆は悲鳴を上げて飛び退いた。
 
「な、なに?」
「あーーーーー!もぅ、退屈で死にそうだーーーー! と言ったそばから、裏返って、大文字焼き!」

 腕と足を広げて『大』の字になった少女を、追いかけてきたふくよかな少女が怒鳴りつける。

「ちょっとカトレア!そんなところで倒れたら邪魔になるでしょ!」
「わー、踏んじゃえ踏んじゃえー」

 ぼんやりとした目の少女が気のない声でけしかけるのを聴いて、カトレアと呼ばれた子が慌てて起きあがる。

「え!? ローズに踏まれたら、私ぺしゃんこになっちゃう!」
「まさにその様は、国道で車に牽かれた蛙……」
「なるかー!ナスターシャムも煽るなー!わたしゃダンプか!」

 いきなり丁々発止のやり取りを繰り広げる三人のノリに戸惑う竜胆。最近入った新人たちだが、最初からずっとこんな調子だ。クランの規律のなさを代表するかのような子たちである。

「あの……もう少し、静かにできませんこと?」
「あー、竜胆先輩っすね、ちーす。いやー、もう退屈で退屈で……あああ!」

 カトレアは頭をかきむしりながら、身体を回転させた。

「退屈すぎて、いきなり竜巻旋風脚!」
「ぐはっ、何すんじゃ貴様ー!ドッコイ!」

 カトレアの回し蹴りをすんででかわしたローズが怒りで顔を真っ赤にして脳天から飛びかかる。

「おお、スーパー頭突きだー。じゃあ、私はヨガファイヤ~!」
「うぉちゃあーー!って、なんで炎出せるんじゃおまえ!ヴァンプにそんな特殊能力ないわ!」
「って、あー、もう、うるさいわ!!」

 バーン!と、突如高らかに響いた銃声に、さすがにずっこけ三人組も動きを止める。

「うあわわわー、この人、撃ったー!!」
「空砲よ空砲」

 紫蘭は悪びれるでもなく、銃の先から出る煙を息で吹き消した。

「話が進まないだろう。もうすぐ薬の時間だ。部屋に戻りなさい」
『……は~い』

 明確な上下関係はないとはいえ、年長者の言うことを渋々聞くぐらいの分別はさすがにあったらしい。3人は「あんたのせいよ」と互いに責任をなすりつけあいながら、宿舎へと去っていった。

「紫蘭!また銃なんか持って!」
「いつ人間に襲われるかわからん。それに、男子寮から女子寮に侵入してくるような不逞な輩がきたら、これで撃退してやるのだ。竜胆みたいな可愛い子いたら、性欲が減退してる繭期の男子だって興奮が収まらぬだろう。罪な女だ」
「もう、下品なこと言わないで!」

 竜胆は怒って紫蘭を睨むが、むしろニヤニヤと笑うばかりで、何の効き目もない。長い付き合いである。一見無愛想で表情も言動も硬く、厳しい印象を持たれがちな竜胆だが、実際は怒ってもまるっきり怖くないことは、悲しいかなきっちりと理解されてしまっている。

「へえ、撃たれちゃうのか。怖い怖い」
「だ、誰!?」

(その2へ続く)