先週来た時は
まだオレンジの養生シートが
張られていた通路が
開通してました。
早速渡って対岸へ。
先週はまだまだだった
東京理科大の桜が
満開になってました。
早くも鯉のぼりが
橋を渡って
元の土手に戻りました。
桜のトンネルをくぐり
向かった先は
たい焼き屋さん![]()
相変わらず花より団子の
テンテン家なのでした。
さて今日は茨城県立歴史館です。
偕楽園のチケットを見せると
入館料が少し安くなります。
織田信長が
荒木村重の謀叛に驚いて、
事実を確かめるために書いた
自筆の手紙があって
ちょっと興奮しました。
ノッブは
荒木村重の謀叛に
とても驚いたそうです。
手紙を見ると
殴り書きの上
墨が乾ききる前に
畳んでしまったので
汚れていました。
ノッブの動揺が感じ取れて
ドキドキしました。
2階はちょっとだけ
撮影🆗の展示がありました。
ザ・昭和の風景ですね。
今宮義透(よしすく)の和歌。
今宮義透って誰?
9代水戸藩主徳川斉昭が
12代将軍徳川家慶に贈った太刀。
大楠公御碑讃。
湊川神社(神戸市)にある
楠木正成の墓の碑文を
斉昭公が書き写したもの。
楠木正成は
天皇に忠実に仕えたという事で
幕末の尊皇派に
大人気だったようです。
皇居外苑に銅像がありますよね。
楠木一族の中には
尊氏側についた人もいるので、
新田義貞の新田氏の方が
よっぽど忠実度が高かった気がしますが…
足利氏と同じ源氏ってのが
ダメだったんですかねぇ。
舟塚古墳の復元模型。
天狗党のフィギュア。
天狗党事件とは
幕末の水戸藩の尊皇攘夷の一派が
横浜鎖港を求めて
筑波山で決起したのが始まりです。
一時は
1400人を超える集団と
なりましたが
すぐに活動資金に行き詰まり
恐喝、強盗を繰り返し、
恐喝に応じない村落は
焼き払うなどの暴挙に出ます。
(この手の人達って感情で突っ走るから
具体的な方針とか作戦が無いんですよね…)
最初は水戸藩内部の抗争でしたが
問題が大きくなり
最終的に幕府軍に追討されました。
結局敦賀で降伏した天狗党は
一部の幹部を除いて
真冬に下帯姿で
鰊蔵に鮨詰めに収容されて
かなりの人数がそこで亡くなり、
残った人も大勢が処刑されました。
ペリリュー島の遺品。
カフェで一休み。
将軍コーヒーだっけ?
スタバより高かったぞww
さて、明日11日は
いよいよディープパープルの
武道館ライブですね🎵
そう!
今日は
ディープパープルの
おさらいですよ〜ww
[ Mark Ⅰ]
結成は1968年。
初期メンは
Vo. ロッド・エヴァンズ
G. リッチー・ブラックモア
B. ニック・シンパー
Dr. イアン・ペイス
Key. ジョン・ロード
デビュー曲は誰かのカバー曲
『 Hush 』。
衣装がすごい…
カラー処理されてるから
サイケ感がハンパないww
もう一曲、
ビートルズのカバーで
『 Help 』。
こちらは衣装もビートルズ風ですね。
てか、
リッチーがイケメンでウケる〜![]()
最初期のディープパープルは
ジミヘンやクリームの影響が強い
サイケデリックロック寄りの
バンドでした。
でも同時期に
レッド・ツェッペリンが
鮮烈なデビューを果たし、
リッチーの負けず嫌いが発動。
(リッチーとジミー・ペイジの
ギターのお師匠さんは同じ人)
ボーカルとベースを入れ替え
ハードロック路線を突き進みます。
[ Mark Ⅱ]
1969年〜1973年のメンツは
Vo. イアン・ギラン
G. リッチー・ブラックモア
B. ロジャー・グローヴァー
Dr. イアン・ペイス
Key. ジョン・ロード
この第二期はヒット曲が多くて
選曲に困るんですよね。
やっぱり
『 Highway Star 』かな。
『 Black Night 』も捨てがたいけど、
また別の機会に。
ハロウィンかな?
ブルース志向の
ボーカルを望むリッチーと
イアン・ギランの仲が
険悪になり、
ついには
こんな状況になりました。
実際は80年代のインタビューだと
思いますが。
リッチーは
冗談言う時も表情を変えないから
どこまで本気でどこから冗談か
わからないんですよね。
たぶんわかるのは
奥さんだけじゃないかなww
ギランは逆に真面目な話でも
すぐおちゃらけるタイプ。
これはソリが合いませんわ。
1973年にイアン・ギランと、
ハードなスケジュールが不満だった
ロジャーが脱退します。
[ Mark Ⅲ ]
1973年〜1975年のメンツは
Vo. ディヴィッド・カヴァデール
G. リッチー・ブラックモア
B.兼コーラス,ボーカル
グレン・ヒューズ
Dr. イアン・ペイス
Key. ジョン・ロード
『 Burn (邦題 紫の炎)』は
以前ご紹介したので
今回は『 Mistreated 』で。
グレン・ヒューズは
ボーカルも担当する事が
加入の条件だったようですが、
彼の歌唱スタイルと音楽的志向は
リッチーのお気に召さず、
音楽的対立から
リッチーはやる気を失ってしまいます。
[ Mark Ⅳ]
1975年〜1976年のメンツ。
Vo. ディヴィッド・カヴァデール
G.兼ボーカル,コーラス
トミー・ボーリン
B.兼ボーカル,コーラス
グレン・ヒューズ
Dr. イアン・ペイス
Key. ジョン・ロード
リッチーの脱退で、
後任ギタリストとして
アメリカ人のトミー・ボーリンが
加入。
ニューアルバムを発表しますが
賛否が分かれる出来でした。
『 Comin’ Home 』
いや、悪くないよ。
いい曲だと思う。
演奏しているのが
ディープパープルでなければ。
動画はアメリカツアーのものなので
会場が盛り上がってますが、
続くイギリスツアーは酷評されました。
(でしょうねぇ…)
嫌気がさしたデビカバが
脱退を通告し、
引っ掻き回したボーリンも脱退し、
ヒューズも脱退したいと言い出し、
ロードとペイスはこれ以上
ディープパープルの活動は困難と感じ
解散を決意しました。
ヒューズとボーリンは
薬物と
ディープパープル(ファン)とは
相容れない音楽的志向で
バンドを解散に追い込んだ戦犯と
長らく言われてましたが、
Wikiによると最近では
再評価されているそうです。
特にボーリンは
ディープパープル脱退後
半年足らずで
若くしてODで亡くなったし、
アメリカ人という事もあって、
解散に失望したファンの
怒りと不満の吐口にされたのでしょう。
(マリー・アントワネット的な?)
ヒューズもボーリンも若かったし
自分達がディープパープルの
新しい歴史を作るくらいに
思っていたのかもしれません。
アルバムタイトルも
『 Come Taste The Band 』
だしね。
残念ながらファンの反応は
「どこかよそでやってくれ!」
でした。
第四期までご紹介しましたが
ディープパープルは
第十期まであるので
まだまだ先は長いです。
続きはまた次回。
お母さんがちゃんと知ってるのは
第五期だけだよね。

















