父の死 その1
これは日記のようなもの
ただ、人の死に関することだから
読みたくない人はこのままお帰り下さいm(_ _ )m
しかもこの先しばらくは父の話になります
私が忘れたくないから書こと思ったことです
でもその中には知っておいて損はないことも書かれていますので
もし読んでくれたら嬉しいかも^^
私は父が嫌いだった
苦手といってもいいのかもしれない
娘って立場は両極端なのかな?
父親が好きか嫌いか。。。
小さい頃はめちゃめちゃ怒られた記憶がいっぱいある
小学校に行きたがらなかった私を
とことん怒った
殴られて吹っ飛んだこともある^^;
しかし嫌いなのはそのせいではない
性格がある意味正反対だったのだ
私は極力手をかけず
それでいて事を丸く収めるタイプ
父は平気で二度手間し
挙句の果てには余分なお金をかけるタイプ
だから私は何度もイヤな思いをしたり
尻拭いさせられたりした
それに家族には厳しいが
他人にはめちゃめちゃ優しい人だった
私の物を勝手に人にあげちゃたりなんて事もあった
だからあまりいい思い出はない
結局最期にも立ち会えず・・・
散々世話をかけ
あっさり自分の都合で死んでしまった
もう少し待っていてくれてもよかっただろうに。。。
勝手で我儘な人だった
でも辛抱強く
とにかく強い人だった
だから治療の際にも苦しいとは
ギリギリまで言わなかった
それが死期を早めることに繋がったんだけど。。。
父は外側だけ見れば
尊敬に値する人だったw
内側は・・・
それでも後半は
私はこの人の子どもでよかったと何度も思ったんだ
15日朝の7時ちょっと前に電話が鳴った
私は直感で「父が死ぬ」と思った
電話に出ると看護士さんが
「呼吸が浅くなったので来て下さい。でもそんなに急がなくていいですよ」
と言った
でも私は「すぐに伺います」と告げた
慌てて支度をする
もうダメだとしか頭には浮かばない
するとすぐにまた電話がなった
「ハートラインがめちゃめちゃになったので急いで下さい」
ハートラインって何?って聞いたら
心拍みたいなものだと言われた気がする
お寝坊な家族は全員寝ている
片っ端から声をかけ
最後にばあちゃんちに行ってたたき起こす
そして私は先に病院に向かった
最初は慌てて飛ばしていたが
途中で普通に飛ばせばいい気がした
実際病院に着いてそのままトイレに行き
2階までの階段も走ることはなかった
(エレベーターは元気な人は使用禁止!)
ナースステーションに行くと
電話をくれた看護士さんが神妙な顔をして病室に案内してくれた
別に行きなれた病室なのに・・・
そのときはそんなものかと思っただけだった
病室に入るとすぐに父のベッドに向かった
「お父さん!」と肩を叩きながら呼びかける
いつもはこれで応答してくれた
しかし返事がない
何度も何度も呼びかけ
体を叩いたりしてみた
それでも返事はなく・・・
そこで初めて気がついた
じいちゃん、酸素マスクしてない。。。
荒々しい呼吸もしていない。。。
すぐにモニターを見ると
全てがフラットになっていた
死んじゃったんだ
1人で逝かせたくなかったのに
逝っちゃったんだ。。。
信じられず揺さぶったとき
モニターに波形が出て
ピピっと鳴った
揺さぶったことで機械が反応しただけだった
でもその後は音もしなかったので
じいちゃんが最期に挨拶したんかなぁと思ったりもした
目が開いていたから
生きていると思ってしまったのかもしれない
目を開いたまま逝ってしまったのか。。。
そのままそっと目を閉じさせた
・・・しかし頑丈だった
目は閉じない!
もう一度少し力を入れたら
ようやく目を閉じてくれた
しばらくして当直医が来てくれ
脈と瞳孔の反応を見て
7時45分ですと言って頭を下げた
私も「ありがとうございました」と頭を下げた
そして看護士さんに
モニターがフラットになった時間は何時ですか?と聞くと
カルテを調べてくれ
7時5分ですと教えてくれた
2度目の電話から10分そこらで死んでしまったらしい
あっという間でしたと
電話をくれた看護士さんも無念そうにしてくれた
おそらく私が無謀な運転をやめて
普通に飛ばす程度にした頃だ
虫の知らせなのか父の知らせなのか。。。
日曜日の朝だから道はすいてはいたが
ずっとあの運転は危なかっただろう
そして今急いでいるみんなに
知らせないと危ないかな?と思い
娘ちゃんの携帯に電話をかけ知らせた
相方くんにもこれで私がしばらく動けないからと留守電に入れた
こうして私のドタバタな1日が始まった
そう!じいちゃんは最後の最後まで
私に面倒を押し付けるという荒業をやってのけたのだ!