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タイトルが浮かばなかった
頭の中を色々な思いが駆け巡る
じいちゃんが苦しんでいる
もう本当に先はないだろう
苦しい病気と闘いながら
じいちゃんは生きてくれている
じいちゃんらしい
17日に病院に着いたときは
もうすぐにでも逝ってしまいそうだった
それが持ち直し
私と楽しそうに会話をするようになった
でもその話の中には
苦しんでいたとき
夢を見ていたというものがあった
友達が靖国神社で
こっちにおいでと手を振ってくれていたと
楽しい夢ばかり見ていたよ
そうじいちゃんが話してくれた
いわゆる三途の川か?
しかしじいちゃんはそっちには行かず
帰ってきてくれた
しかし今・・・
もう苦しむ姿を見るのも辛いほどだ
なぜ苦しんで死ななければならないのだ
じいちゃんは悪いことなんて何もしていないのに
でもひとつ
思い当たることがある
私が苦しまないように・・・
鬱病が何かも知らないじいちゃんだが
あっさり死んでしまっては
私が「何もしてあげられなかった」と泣くから
そうならないように
少しでも泣く日が少なくて済むように
私を病院に通わせているのかもしれない
そしてここまで苦しむなら
そこから解放されることを望むだろうことを思ってか・・・
28日には旦那方の伯父が亡くなった
旦那はそっちにかかりきりだ
なにしろ葬祭部のシステム管理してるから
半分仕事になってしまったらしい
かなりショックだったらしく
声に力がなかった
私はどうなってしまうんだろう?
そのときがきたら・・・
アメ限にすべきか
それとも公開しないほうがいいのか悩んだけれど
じいちゃんはこのブログでも楽しい話題を
いっぱいくれた人だ
父親を嫌いと思っていた自分が
嘘のように涙が出てくる
それを忘れないように
なにしろ鬱病ってやつは
記憶をぐちゃぐちゃにしてしまうことがある
だからここに公開しておきます
お父さん
もっと頑張って!
できるなら
またもっと話ができるくらいになって!
私はずっと通うから!!