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Temple-junctionのRUKSHA(ラクシャ)で癒し。

RUKUSHA(ラクシャ)では、ホリスティックな生き方を応援しています。



Temple-junction
こんにちは、9月になって最初のブログになります。生活が少し変わり日常に関わる細かい動きや接する人間や時間の使い方も違ってくるので自分がどのように変化していくのか楽しみです。   


 最近とくに波長の法則について考えさせられます。何も感じない人。居心地の良い人。理解できない人。

自分の周りにいる人一人ひとりを分類していくといろいろな事に気づきます。



居心地の良い人。これは自分と価値観や趣味が似ていて気が会う人。共通点が沢山あって人生を楽しませてくれる人。自分がHAPPYで充実していると集まってきます。


理解できない人。このタイプも実は結構回りにいるものです。許せない!と思い、葛藤のもとになる人です。でも

誰よりも自分にとって必要な人。自分をさらけ出せば出すほどこうゆうタイプは自分に集まってきます。



面白いな~と感じるのは”何も感じない人”です。たとえば新しい場所で会って間もない人で興味も抱かなければ何の影響もない人。 この類の人です。そう感じてしまってるのがエゴや思い込みだとしたら、

一体こうゆう無害な人はなんなんだろう?本当に無害なのだろうか?実は物凄い爆弾をひそかに抱えているのだろか?それともこれこそが今の自分の鏡なのだろうか?もしくは理想なのか・・・? ただのバランスなのか・・・

なんだか物凄く分かりづらいヒントが隠されているようでならない。


自分と真逆な人、自分に似てる人。そうゆう人は、あーまたお会いしましたねって思う。真逆な人も相変わらずめんどくさいな~って思う。


人は皆自分が理解できている範囲で良し悪しを判断している。何も感じない=退屈OR関係ない事にしてしまっていたら、今以上の世界を体験するチャンスすら与えられないのかもしれない。


だからこの何も感じない部類の人が最近興味があって仕方ない。地味~な観察を楽しんでいる。



物凄い虚(葛藤の中)で苦しんでいる時、もし無害な人、無害な何かを見つけたらもしかしたらそれが自分が大きく変化する兆しなのかもしれませんね。刺激的な事は魅力的。そうゆう価値観にあきたら是非この非刺激的の中の刺激に注目してみたらいかがですか?


虚・実。陰・陽。その中間を永遠と呼ぶのならいつかその中間を生きてみたいものです。