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Temple-junctionのRUKSHA(ラクシャ)で癒し。

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Temple-junction
 こんにちは。久しぶりに物狂いが始まり心が元気になって来た今日この頃です。

 先日お世話になった方に何かお礼がしたくて、この釈迦無二仏陀を描きプレゼントさせて頂きました。(前にも話したように以前インドのダラムサラとゆう村でチベットのお坊さんにタンカとゆう仏画を習った事がありました。)

 人に自分が描いた絵をプレゼントをするなんて事は初めてだったかもしれません。 ではなぜそうしたのか・・・なんだか私の中で何か大きな区切りがついたような気がしたのです。それまで長く続いていた段階をやっと抜け出したような。 やっと次の曲がり角が見えたような。そうゆう気持ちになり持ってる何かを吐き出してしまいたかったのでしょう。 

 紙の上の仕事と言えども仏は仏。初心を思い出し使える気をできるだけ使い、心を込めて描きました。


 その後ひとまず手ぶら状態にしてみた。心の中を旅人モードに。

何か意味深い曲がり角を期待しつつ内面的な準備が整ってきた。久々に”引き寄せの法則”に力を託した。

何をどうしたいのか?誰に会いたいのか?


焦りや、疲れや、誘惑や、怠けや・・・ 澄み切った青空マインドになりきるまで何度でも壁にぶち当たるものでなかなか道が見えてこないもの・・・


 願い、祈り、唱える。


なんとなく角を曲がってみた。できるだけ期待しないように。


 角を曲がったら縁が起動して、あの奇妙な偶然の一致がやたらにおきた。

シンクロニシティによって願いのことごとくが意のままになってきた。内的なタイミングの成熟とそとで起こる出会いとがぴったり会った時、

その出会いは薄気味悪いくらい整っているような気がします。


やっと自分に似合う服を見つけたような爽快感で嬉しかった。

 「人が新しく変わる為には何かを捨てなくてはいけない。」と聞いたことがありました。馬鹿正直にやってみると人は本当に少し変われるのかもしれません。


 なぜか縁があってか、神様を描く事を許された事にとても感謝しています。 


 神々と深く向き合う時、数々の煩悩とも向き合う事になります。それを無理に消し去ろうとか、抑圧して制するものではなくそのエネルギーを慈悲のエネルギーに変化させて用いるとゆう密教の教えがそこに隠されています。

 OM。