「今日はわてと常連周りをしてもらいます。」
「常連周り? ですか?」
「せや。あんさんの場合、言動が怪しすぎるさかい、むしろ顔馴染みを増やしたほうがええ。長崎から来はった医者を目指してる学士や、藍屋の居候や、と町の人に覚えてもらうんや、そしたら多少変わりもんでも京の人は受け入れてくれはる。」
「あぁ、京の人って学生に優しいですもんね。」
「なんや、経験したみたいなこと言わはるな?」
「うっ、」
まったく、どうしてこう隙だらけなんだ、この少年は。自分の怪しさは自覚しているだろうに、それを隠すのが下手過ぎる。
頭はいいと思うのだが、どうしてこういう方面は疎いのか。よほど裕福な環境で育ったのではないか。それなら知識量には頷けるが、そうなると良家の子息が何故怪我を負って壬生浪に捕らえられていたのかの説明がつかない。
茶屋の桔梗屋に顔をだし、主人に挨拶をさせると主人が困り顔で言ってきた。
「下の子が咳が酷うてな。薬は苦い言うて吐き出してしまうんよ、どうにかならんやろか? 蘭医学は京のお医者さんとはちぃと異なるんやろ?」
さて、医術の心得は多少ありそうだったから、医者の振りでもさせようと思ったはいいが、まさかいきなり診てほしいと言われるとは予想してなかった。学士やから、かかりつけのお医者さんにちゃんと診てもらったほうがええんとちゃいます? と、なんとか断ろうとしたのだが。
「診せてもらってもいいですか?」
奏音は診ると言い出したのだ。おい、大丈夫なのか?
子どもが寝てる部屋に上がらせてもらう。布団に横たわっている子どもの胸をはだけて胸に直接耳を当て、口を開けて喉の奥を見たあと脈をとる。それなりに医者らしくは見える。
「綿花とか、さらし布なんてあります? あと菜箸もあれば。」
主人が店のものに用意させたそれを受け取ると菜箸の先に布を巻き付けて丸くしたと思ったら、懐から入れ物を出して中に入ってるものを先っぽに塗り付ける。
「藍屋さん、この子の頭押さえてもらっていいですか。」
言われるままに押さえると、口の中に菜箸を突っ込む。
「あ、がが、ぐぇ、ふぇぇぇ、痛いぃ」
子どもが泣き出すが口の中に突っ込まれている菜箸のせいで大きな声はだせない。おい、本当に大丈夫なのか?
主人も訝しんでいる。ヤブ医者? という表情だ。
菜箸を取り出すと、子どもは咳き込んで泣きだした。
主人の顔に怒りが混じり出す。まずいな、なんとか言い訳を、と考えていると。
咳が鎮まった子どもが、キョトンとした顔で呟いた。
「なんや、すーすーする。」
「苦しいの、少し減った?」
「うん、兄ちゃんあんがとー」
「これ、お医者さまや、ありがとうございます、て言い、」
「構いません、俺は勉強中でまだ医者じゃないですから。」
にっこりと微笑んで、奏音は少年の頭を撫でたあと、桔梗屋の主人に別な入れ物を渡す。
「これは胸に塗って咳を鎮める薬です。夜寝る前に塗ってください。肺から危ない音は聞こえませんでした。数日で咳も鎮まるでしょう。生姜湯とか梅粥を食べさせて、油ものは与えないでください、用意できるのであれば果物もあげてください。ビワでも桃でも。」
いったい何者だ、お前は。疑いはまえよりも深まった。
が、敵意は若干減っていた、ことには気付かなかった、この時はまだ。