夜襲を仕掛けることになった。地理はこちらが知っている。船の大きさや武器は外国船が圧倒していても夜ならなんとかなりそうだ、と大村さんは言った。
壮観な眺めだった。未来の将軍徳川慶喜と生きていれば間違いなく総理大臣になっただろうと言われている吉田さん、高杉さん、そして、初代総理大臣の伊藤博文さん、坂本龍馬さんたちが、顔を揃えて、
みんなで、日本を守る為の会議をする。
こんな凄いことがあるだろうか。未来の大学の同期に歴史が大好きな友人が居た。あいつだったらもっと興奮していたんだろうな。
高杉さんが銛漁師を何人も連れてきてくれた。その中でも名人と呼ばれている5人に役目を頼むことにした。三分半も息を止められるらしい。
まずは外国船に夜襲を仕掛けて交戦を開始する。逃げたり追ったり、大砲を撃ったりしながら、渦の方へ誘導する、そして小舟を出して、気づかれないように引き付けながら、漁師が穴を開けてくれるのを待つのだ。
「舵を右に切れ!」
「海に落ちるなよ!」
「砲弾が来ました!」
「全員船首に避難せよ!」
「撃ち返します!」
「距離を取るぞ、急げ!」
怒号と報告と指示が飛び交う。暗闇の中でどこから攻撃が来るか判らない状態はめちゃくちゃ怖かった。
「奏音、危ない!」
グイッと腕を引かれて、後方に尻餅をつく。船上の床に叩きつけられるように腰を打って痛みに顔をしかめていると、目の前に砲弾が撃ち込まれて折れた帆の破片の塊がグシャリと落ちた。こんなの頭に当たったら即死だ。
「お前は船室に居ろ。」
その命令口調に違和感。あれ? この声って。
「秋斉さん?」
背中を抱き止めてくれていた人を振り返ると、やっぱり藍屋さんだった。
「早く船室に。」
「あの、」
「なんだ?」
「なんで京都弁じゃないんですか?」
「そんなこと気にしてる場合やない、はよ隠れなはれ。」
指摘したら京都弁に戻った藍屋さんに抱き起こしてもらいつつ、
「嫌です、自分だけ隠れるなんて。」
と反論すると子どもを抱くように抱き抱えられて無理やり船室に運ばれた。
「ちょっ、秋斉さん、嫌だって言ってるのに!」
船室の中に下ろされて、なおも反論しようとしたら、口を手で押さえられてもう片方の指で黙れという仕草をされる、その美しさに見とれて一瞬呆けると、
「あんさんのことは、ちゃんと認めてる、邪魔になんて思ってへん。」
「でも、」
口を押さえていた手で頭を優しく撫でられる。
「頼りにしてるのはこの頭の中身や。誰も替わりは居ぃひん。腕っぷしは他の人らに任しとき。」
「うう、」
「みんな、そう思っとる。だから、ここに居なはれ、ええな?」
悔しい、庇われたくないのに、一緒に戦いたいのに。
「ええな?」
「……はい。」
不服顔で頷く俺に藍屋さんは苦笑した。
「しかし、長いな、持つやろうか。」
渦周辺にはもう誘導済みだ。小舟はだいぶ前に出している。
失敗だろうか? 途中で気付かれて撃たれたのだろうか? それとも、渦に巻き込まれて上手く泳げなかった? 器具を回せなかった? 器具を海底に落としてしまった?
船上は砲弾を何発も撃ち込まれてボロボロだ。他の船も同じだろう。このまま外国船が沈まなかったら、全滅だ。
それでも俺を信じて作戦を実行してくれた、命を預けてくれた。
俺のせいで、仲間が死んでしまうかもしれない、その恐怖に手が震える。
「うおぉぉぉ!」
外で叫び声が聞こえると、それを合図にしたかのように一斉に皆が騒ぎだした。
「沈む! 沈んでるぞ!」
「よし、よし、よ~し!」
「やった! やった!」
「我々の勝ちだっ!」
藍屋さんと顔を見合わせる。2人の顔に笑顔が広がって健闘を讃えて抱き合った。
「奏音くん、沈んだよ、やったよ!」
そこに慶喜さんが興奮して入ってきて
「なに、いちゃついてんの!?」
とか言うから。
「いや、いちゃついてません。」
「誰も、いちゃついてへん、あほでっか。」
と返答が重なって、俺と藍屋さんは同時に吹き出したのだった。