「お願いがあります。」
店の女の子に頭を下げる。
「うちに出来ることならなんでも。」
「藍屋さんに伝えてください。【赤い荷物を届けてください】これだけでいいです。新撰組が張り込んでいて、貴女に尋問したら、正直に俺にそう伝えろと言われたと話してください。貴女が桝屋さんの女中だと新撰組は判っている。下手に嘘はつかないで。正直に言えば、解放されるはずだから。」
「あい、必ず伝えます。」
暗号だ。こういう時の為に決めてある。俺と高杉さんの待ち合わせの場所は俺の部屋の窓に垂らす吹き流しの色で決まる。赤は南。藍屋さんに伝えれば藍屋さんが窓に吹き流しを垂らしてくれるはずだ。
荷物を届けてくださいは、そのままの意味だ。密偵に必要な道具は普段は持ち歩かず天井裏に隠してある、それを届けてくださいという意味。もちろん藍屋さんが動いたらあとを尾けられるだろう。
運ぶのは、
「奏音はん、無事で良かった!」
花里ちゃんだ。俺は揚屋の客として花里ちゃんに会いに来た。
「荷物持ってきたで。」
「ありがとう、助かった。」
花里ちゃんが目に涙をためて言う。
「うち、やっぱり新撰組が嫌いや! なんなん? 奏音はん、沖田はんに毎日、薬作って届けてたやない! 仲良うしとったやんか!? 急に店に来て、奏音はんを差し出せて、言うてきたんよ、隠しだてすれば容赦しないとか、何様のつもりや!」
「……利用されてるんだ。」
「利用て、なに!?」
「新撰組は会津武士なんだ。殿様に忠誠を誓う。絶対に裏切らない。だから、幕府からの命令は聞くしかないんだ、親でも兄弟でも斬れと命じられたら斬る。」
「そんなん幕府が阿呆やったら、ダメやない、正直に言うこと聞く方が馬鹿や!」
「俺はそうは思わない。」
「なんでよ!?」
「正直ものが馬鹿を見る世の中はクソだ。正直ものは悪くない、正直ものを騙す奴が悪い、騙されるほうが馬鹿なんて言ったらダメだよ、花里ちゃん。」
「ううっ、そんなん言うて、奏音はん、奏音はんはどうなるん?」
「なんとかする。」
ぽすぽすと頭を撫でて宥める。会えて良かった。自分の為に真剣に怒って泣いてくれる存在のなんと心強いことか。
「もう行かないと。見つかるわけにはいかないから。」
「気ぃつけてな? 奏音はん、絶対死んだらあかんよ?」
「うん。必ず帰るよ。」
揚屋を後にする。その後数日間、俺は橋の下や神社や空き小屋を渡り歩いて野宿した。日中は噂をかき集める。古高さんは新撰組の屯所に捕らえられたまま、拷問を受けているらしい。拷問を担当しているのは、土方だった。
藍屋さんが文で高杉さんたちに知らせてくれたはずだ。俺は京の南で高杉さんからの合図を待った。
方角を指定するのは俺。待ち合わせ場所は高杉さんが決める。それがいつものやり方だった。
そして、合図があり長州から帰ってきた高杉さんたちと、合流した。