誘拐の支度 | ロガリズム

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読んだ本の感想と、戯言です。戯れてあげてください。

「すごいね、化けたね~。」

「藍屋さんの飾り付けが巧いんですよね~。」

ちょっと頭が重い。髪の毛が短いので、いつもの医者風の髷結いは出来ても、遊女の髪型にするのは長さが足りなくて、藍屋さんが髪飾りを駆使してそれっぽくしてくれたのだ。

中川宮を幽閉する。それは長州藩でも話にあがることはあったが、現実的ではない、と却下されてきた。

確かに屋敷から拐うのは無理だ。狙うなら1人で外に居るところ。平安時代から貴族のたしなみと言えば夜這いだ。中川宮も若い頃は屋敷をこっそりと抜け出し女の元へ通ったことがあっただろう。

妻が居ても、若くなくても、抜け出して遊女に会いに行きたくなる状況、それをなんとかして作り出さなきゃならない。

そして、情報操作をした。遊女の幽霊が現れる、男にしなだれかかって誘うらしい、船に誘い込むらしい、実際、ことに及んだ奴が自慢してた、いわく、業物だ、と。

つまり、めちゃくちゃ気持ち良かった、と。

そんな噂が宮に届いたとしても、興味本意で護衛も付けず抜け出してくるとは思えない。

だから1回目は護衛付きでいい。護衛もろとも目撃者にさせるのだ。噂は本当だったと。あとは網にかかるかは賭けだった。

その為に、ここ数日、遊女の格好で夜な夜な町を歩いている。

その支度をしているところに慶喜さんが見学に来たのだ。

「藍屋さんが面白がって毎日いろんな着物を着せられてますよ。」

「相手は卿でっせ。太夫が着るような豪勢な格好にせんと網にはかからん。」

「そうかなぁ?」

藍屋さんに顎を持ち上げられ唇に紅を引かれる。

「喋りなはんな、はみ出すやろ。」

目で頷いて、塗りやすいように口を真一文字にした。

「なんか、気のせい? 2人、仲良くなってない?」

「奏音はん、妬かれましたえ。」

「俺じゃないでしょう、俺に藍屋さんを取られたみたいに思ってるんですよ、きっと。」

「ほうか、可愛らしい人やなぁ、慶喜はん。」

「どっちにも妬いてない!」

「心配しなくても、俺は慶喜さんの忠実な部下ですよ、尊敬しています。」

「わてもや、慶喜はんは、わての誇りや、宝や。」

「だから、それも止めて!」

そう言いながらも顔を真っ赤にして口元は弛んでいる。からかい半分でも思ってることは俺も藍屋さんも事実だから。

慶喜さんを真っ正面から誉めると反応が面白い。藍屋さんはそれに気付いて、嫌味ではなく誉めちぎって遊ぶことにしたらしい、俺と組んで2人で誉めまくる、それが藍屋さんのマイブームなのだ。

「慶喜さん。」

「なに!?」

また遊ばれるのかと警戒されている、ちょっと笑いそうになるのを堪えて伝えた。

「俺、最初にここに来た頃、いろんなものを諦めて冷めてました。」

未来に帰れる可能性は絶望的で、誰も信頼出来る人も居なくて、翔太ともはぐれて、未来に居た頃の将来の夢とか、家族や付き合ってた恋人とか、全部一気に奪われて。

それでも死にたくはなかったから、ひとまず毎日を生き延びよう、取り戻せないものを考えて泣き続けても仕方がない、そんな開き直りで耐えていた。

けど、けど、今は。

毎日が楽しい。ここに来て良かった、と。そんな風に思えるほどに。毎日が楽しくて仕方がない。

「素性の怪しい俺を受け入れてくれてありがとうございます、仕事を与えてくれてありがとうございます、俺を信じて頼ってくれてありがとうございます、俺に生き甲斐と仲間を与えてくれたのは貴方です。約束します、俺は絶対に貴方を裏切ったりしない。貴方の理想を叶える為に。死ぬまで付いていきます。」

ぐっと腹に力を込めて、深々と頭を下げた。

俺はこの人に会って初めて【尊敬】って言葉を実感した。

「奏音はん、そんな男らしい挨拶、その格好でしたらあかん。ひとつも色気がないやないか。」

「ふふ、そうでした、すみません。」

思わず笑ってしまった。俺は藍屋さんの事もだいぶ解ってきた。こんな風に嫌味で話をはぐらかすってことは藍屋さんも照れているのだ。

頭はしばらく上げない、きっと慶喜さんが顔をおさえて恥ずかしがっているだろうから。

殿の名誉は守らないと。それが部下の務めだ。