憂鬱な時間の始まりだ。
藍屋さんはなるべく長い時間新撰組と居た方がいいから、という理由で、近藤さんにみっちり稽古してほしいと頼んだから、午前も午後も稽古である。
それは、わりと楽しい。沖田総司はいつもニコニコしていて余計な詮索だとか嫌味だとかは言わないし、故郷の事を詳しく聞かれたら哀しい顔を作って、もう会えないかもしれない…と押し黙れば気を使って聞いてこなくなったから。
不思議な人だ。命令を受ければ容赦なく誰でも斬ると他の隊士に聞いたが、いつも近所の子どもたちに囲まれている様子は教育番組のお兄さんのようなのに。
問題は昼飯時とその後の昼休憩だ。 新撰組は町見回りを当番制で決めているようで、真面目な沖田総司は非番の時と、夜回りの時に稽古をつけてくれた。それには土方がセットで付いてくるのだ。なんなんだ、あんたら出来てるのかよ?
それでもやはり藍屋さんの作戦は正しい。町見回り中に遠くから集音マイクを使うより、屯所で過ごす方が遥かに多くの情報を盗み聞き出来た。
暗殺は、総仕舞(揚屋の全ての遊女が駆り出される貸切状態で行う宴会のようなものらしい)の後に、篭屋で遊女と共に宿屋に送ってから行うというのが確定のようだ。
情報を得たからと退散するのは怪しいので潜伏はしばらく続けなきゃならない。
「パミュパミュさん、飲みこみが速いですね。」
昼休憩の時に沖田総司が呟く。どうやら新撰組の中で、噛まずにパミュパミュと発音出来るのが彼だけのようで自慢気な顔で呼ぶのだ、子どもか、あんたは。
武術は経験が無いのだけど運動神経は悪いほうじゃないから、毎日毎日、人斬りのプロに習ってたら、ちょっとは上達するのだろう。
「護身術くらいにはなりましたかね?」
「相手が武士じゃなければ充分ですよ。」
いや、あんたの相方に狙われてるんだけどな。
「ただ身体が細いですね。もっと沢山食べて肉を付けないと。」
「付かない体質なんですよね。」
というか、女だから、これ以上付かないな、多分。
「人のこと言えるか、細いのはお前もだろうが。」
「好き嫌いばかりしてるからだ。」
他の隊士たちがからかって笑うのに
「そんなことはいいじゃないですか。」
と口を尖らせて言い返すとまた笑われていた。最年少だから末っ子のように可愛がられているのだろう。
「だが、真面目な話、お前がよく調子を崩すのは好き嫌いが多いからじゃないのか。」
「パミパム君に診てもらえばいいだろう、稽古をつけてるんだから。」
「ダメですよ。稽古の代金はお釣りが出るほど頂いたでしょう。」
「別に構いませんよ、俺は医者じゃなく見習いですから。」
歴史上、沖田総司は労咳で命を落とす。現代でいう結核だ。
結核を治療するのは未来でも難しい。不治の病ではないし対処療法すれば死ぬことはないが、一度かかったら根治には何年もかかるし、3種類ある薬をどれが効くか検査しながら半年は飲み続けなければならないし、効かないこともある。予防接種で予防は出来るが、この時代では不可能だ。
それでも未来の人間は、そもそも結核に感染しにくい。子どもの時から充分に栄養が足りているから免疫力が強いのだ。
この時代では効率的な栄養接種をして免疫力をあげる。それくらいしか出来ない。
「病気になりにくい薬ならありますよ。」
「おお、」
「ただし、めちゃくちゃ苦いですけどね。」
ニヤリと笑って挑発する、たぶん、その方が飲むだろう。
「苦いなら、総司には無理なんじゃないか。」
隊士たちが笑うと、案の定
「そんなことないです!」
とむきになった。
「やめろ、総司。」
ずっと黙っていた土方が低い声で割ってはいった。
「得体の知れない奴から、口に入れるものをもらうもんじゃねえよ。」