気を張っていたせいか気絶するように眠ったようだ。携帯電話の時計は10:30を表示している。
電波時計ではないからおそらくほぼ合っているとは思う。
あとで鐘の音と周囲の会話(丑三つ時とか)で合わせて時刻の知り方を覚えておこう。
藍屋さんに聞いた話ではこの家は遊女が暮らす寮のようなものらしい。
置屋と呼ばれるこの住まいから揚屋と呼ばれるお客様をもてなす店(キャバクラみたいなもんか?)に出勤するんだそうだ。
遊女たちの帰りは夜遅く、起きだすのも遅いので朝食は昼近くになると考えてくれと言われた。
慶喜さんが仕事を教えに迎えに来るのも昼過ぎだ。
「ん~。」
しかし、腹が減ったな。昨夜は緊張のせいか食欲が無く、藍屋さんの「何か食べますか?」という心遣いを辞退した。
一晩寝て肝がすわったら途端に腹が減る、現金なもんだ。
仕方ない。恥ずかしいし図々しいがちょっと藍屋さんに頼んでみよう。
そう考えて障子を開け廊下に出る。
「あ、起きてはったん?」
小柄で目がくりくりと丸い女のコがお膳を持って立っていた。可愛いな、この子。遊女ってみんな可愛いのかな。むしろ可愛いから売られてくるのか。
「おはようございます。」
「おはようさん、秋斉はんが朝餌持っていき言うたから。昨夜から何も食べてへんのやろ?」
「昨夜というか昨日の朝食べたきりで。ありがとうございます。」
「なんやあんた丁寧やな~。学士さんよね?壬生狼に追われたてホンマ?」
「はい。間者に間違われたらしくて。」
「災難やったね。お兄さんとはぐれてしもたんやろ。ほら、食べぇ。」
立て続けに喋りながら障子を開け部屋に入るとお膳を畳に置く。
「うち花里(はなさと)言うんよ。あんさんは?」
「奏音です。」
「かなた、彼方から来はったから?」
クスクスと鈴の音のように笑って見つめてくる。ホントに可愛い。
「いえ、奏でる、音、と書いて"かなた"です。」
「歳はいくつなん?」
「19歳です。」
「え? うちより歳上やったん? 堪忍、同い年かと思て口きいてたわ。」
「構いませんよ、そのままで。」
「花里、ええ加減にし。部屋に戻りなはれ。」
1階の部屋から藍屋さんが出てきた。遊女は2階、藍屋さんや番頭さんや男の人たちは1階に寝ている。
「まったく。若い男が来たからて、はしゃぎ過ぎや。どうせ他の子に話す為に探りに来たんやろう?」