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Welcome! TEMP361 season2

バイクとかカメラとか
素直に、感じるままに。

1リッター2円安いガソリンスタンドで給油したり
1パック5円安いタマゴを売っているスーパーで買い物したり
1杯5円安いキャンペーンしているコンビニのコーヒーに惹かれたり



世の中には面白いくらいお得情報が溢れていて、実際にそんなキャンペーンのガソリンスタンドは車いっぱいで、スーパーはタマゴ売り切れで、コンビニはいつもより頼む人がおおいよねー



さて、私はそんな広告は、新聞の2、3面ぐらいの下の方に刷られている、某ゴシップ週刊誌の表紙を眺めて楽しむように、眺めている



だって田舎住まいだから、そこへの移動も時間とお金が必要だし、そういうのが好きで集まりたいって人でもないから



ガソリンは買い物に行った途中にある、普通のガソリンスタンドで、タマゴはいつも同じ農家さんの、コンビニは馴染みの店員さんがいる、これもいつも通る道の途中にあるところ



そんな事より、一ヶ月1万円近く支払う携帯代や、いつも居る部屋の蛍光灯なんかの方が私は気になる人


最近私を愕然とさせた事件は、職場から貰える旅行補助金が来年からこれまでの半額になる事で、ツーリングの貴重な頼りだったのに、どうしてだよーって感じているが


多分、これは多分だけど、この補助金を活用する人(いつも使う人)は、いつもだいたい同じ人で、使わない人(というか使い忘れる人)から、そんな制度より掛金減らせよという流れになっているのかもと



話を戻すと、好みのインスタントラーメン探して、スーパーを3軒巡ったものの、どこにも無くって、結局メーカーのオンライン通販で送料352円で注文した



この方が、時間もお金も節約になって、欲しいものが手に入って満足して、最初からこうしておけば良かったと思う。
先週の金曜日の事になるんだけど、玄関で飼っている金魚が死んだ


この金魚は近くの神社のお祭りの金魚すくいでもらった、いわゆる餌金の、親指ぐらいの大きさでうちに住む事になったもので


鮒の形をした上手いこと紅白の二匹で、死んだのはそのうち白い方


時々写真を撮ったのでいつ頃からいたものなのか調べようと古い写真を繰ってみたが見つからない
恐らく15年ぐらいはいたんじゃないかと思う


金魚は一生色が変わらないと、この紅白はずっとうちのおめでたい象徴だと思っていたが、実は白い金魚は一部赤い色があって、それは成長の途中で徐々に出てきた


色は変わっていくもんだと気づかせてくれた金魚は、二匹とも目が見えなくなっていたようで、最後は目が白内障のように白くなって


最後は腰が曲がり、その曲がった腰も動かせなくなって、エラも動かなくなった


今までありがとう、お疲れ様でしたと近所の小川に流してあげた


もう一匹残った赤い金魚は、長年連れ添った相棒が居なくなって寂しいのか、餌もあまり食べず、静かに水槽で過ごしている。
タイトルの水道橋と日本橋は特に関連付けて書こうとした訳ではなくって、二つとも橋と付く事と、二つとも隅田川に繋がっているという共通点しか無い



水道橋駅は、読売ジャイアンツファンの方であれば、この球場に応援に来るから馴染みがあるだろうし、ミュージシャンのドームコンサートで行った方もいるはず

私が水道橋駅に引かれるのは、この写真の風景で、終着駅でもないのに屋根があって、その屋根を支える柱が白く塗られたレールでできていて、それがホームの間に立っているところ

ずっと向こうまで続く景色にひかれている



さて、日本橋の話に移すと
今の橋は関東大震災前の1911年に竣工して、その前は何代も木造の橋が掛かっていて、水戸黄門とかの時代劇では、真ん中が高くなったセットの太鼓橋をよく見た



東京オリンピックの前に首都高速道路が建設されて、橋の上は空が無くなってしまったけど、かれこれ109年ぐらい変わらずに使われているらしい



橋の見所はいくつもあって、まず石でできているところ、次に道路元標が埋め込まれているところ、そして橋の欄干に衣装が凝らされているところ

石畳と道路元標が車道にある
昔は路面電車もここを走っていたそう



道路元標の真上には首都高から見える標識もある




そして欄干の麒麟像

流石は日本の国道1号の起点を感じさせる風格
この像も109年間ここにあるらしい



映画 麒麟の翼の中で、本来はないはずの翼を麒麟につけられたエピソードが紹介されている


首都高の下になって、麒麟も飛び立ちにくそうだが、水面に反射した光が、今も変わらない勇敢な表情を浮き立たせていた。

神楽坂から外堀に沿って水道橋まで歩く
そう言えば私はずっと今まで沿線の鉄道を山手線だと大きく勘違いしていた



山手線はもっと大きく都心を周っているはずなのになぜか飯田橋や市ヶ谷、そしてこの水道橋までを山手線の一部だと思っていたわけで
こんなのでよく仕事で東京なんて来れたもんだと思う



東京ドームも実は一度も来たことがない
ジャイアンツファンの友人は広島からよく応援に遠征しているようだが
生憎私はジャイアンツファンではない



でも今回は夏目漱石ファンの方の縁から、初めて小石川後楽園に来ることができた

いつもの歳なら一度や二度は活躍するはずの雪吊りも今年は活躍していない様子でした




少し中に入った、日の当たる場所にあった木のベンチは、陽気が良いせいで、暫く座っていても寒さを感じなくて
絶好の日向ぼっこが出来た

都会の真ん中にあるはずなのに、ここは水鳥の羽音と散歩する人の会話しか聞こえない
お散歩で来ていた保育園の子どもの声が心地よかった
たまーに後楽園遊園地のジェットコースターの音がするのは、まあ仕方ないか




都会にいる渡鳥は人慣れしていてすぐ近くまで寄っても飛び立つような事は無いようだ
かえって驚くほど近くの茂みの辺りで寝ていたりして、驚くのは私の方




少し歩くと庭の景色は一変して、あたかも全く別の土地に来たような感覚になる
こういう庭園の設計はどういう方がしたのだろうか

ここに住んでいた方は、あまり自由に屋敷から出入りできない身分の人だから、少しでもたくさんの風景や景色を感じ、人間らしい生活を過ごせる工夫だったのかもしれませんね

今のようにビルがなければ、富士山もどこかの角度から見えて、水面に逆さ富士もあったんじゃないかな




この暖かい陽気で花が咲いていました
今でこそ花といえば桜ですが、かつては花といえば梅
メジロかな?花の蜜を探して枝枝を移っていた





庭園の散策は時間が過ぎるのが早い
でも、それこそが庭園がある目的なのかもしれません

普段の自分は、時間がないからと早足で歩いて、こういう場所をウォーキングコースのように通り過ぎるだけで、わがままに生きてきたような気がします

本当の時間の使い方とは、こういう一場面を一日かけてゆっくり味わうことなんでしょう




ちょうどお昼になったので、園内にある涵徳亭で食事をしました
静かで料理も美味しい

庭園を眺めながら、次の行き先をいそいそと調べる自分は、まだまだ時間の過ごし方が出来てない。
晴れ上がった朝
窓からは美しい富士山が見えた

この景色を教えてくれた方は、西日本から大学へ月に数日勉強に来ているんだと話してくださった
明治の文豪 夏目漱石のファンだという



夏目漱石は正岡子規とも親交が深かったと私の記憶にあって、子規は松山の生まれで、日露戦争を戦った陸軍の秋山好古、海軍の秋山真之兄弟とも同郷のはず



神楽坂はその漱石が過ごした町で、沢山の文人の足跡が感じられる良いところだからと話を聞くうちに、なんだか私の中でいろんな点が線としてつながって、ここを散策したい気分になった



今も営業しているという銭湯を目標に路地を進むと、見番横丁があった

見番という言葉は、長崎を散策した時にもあった事を覚えている
ここには芸者さんが沢山いる花街という事になる
稽古場の建物もあって京都の祇園を歩いているような気にもなる



こういう所にはやっぱり小さくてもお稲荷さんが祀られている




神楽坂は一歩入ると細い通りが沢山ある



山形の木彫りが並ぶお店
多分ここは山形料理店

この木彫りは雪に閉ざされた冬の民芸品で、ずいぶん小型のものは手元にある
米沢の春日山林泉寺の境内で、一度お話しした事がある彫り師の作品ではないだろうか



みちくさ横丁を進んだら行き止まりだった

こういう事は良くあるのが路地の面白い所



神楽坂にはコボちゃんという可愛い銅像も立っている

コボちゃんの衣装もよく変わるので見逃せないらしい




坂を降りると夢の世界から現実を感じてしまう




夏目漱石には出会えなかったけど、今度はもっと勉強してこの街を散策してみたい気持ちになった。