ひげの殿下の愛称で、国民に親しまれた、三笠宮寛仁親王殿下。
1990年代から、癌をはじめとする疾病に悩まされる中、
国家のため精力的に活動なされた。
2005年、有識者会議で出された女系天皇容認論は、
超一流国家からの転落を招くものであり、
皇室を代表して、皇統存続(=男系維持)に努めた。
2006年、「正論」でのインタビューは、皇統存続(=男系維持)が、
皇室の代表見解であることが、良くわかる。
2012年、66歳で、多臓器不全のため薨去。
「正論」平成十八年三月号
いま申し上げて置きたいこと
女系天皇を容認した「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長)の答申に、ヒゲの殿下こと寛仁ともひと親王が「あまりに拙速過ぎる」と異議を唱えられた。現職の皇族である寛仁親王が、「火中のクリを拾う覚悟」であえて発言された意味は大きい。松の内があけた一月上旬に宮邸を訪ね、ご発言の真意を伺った。
政治を超えた歴史、民族の問題
─ さて、皇室典範に関する有識者会議が昨年、女系天皇を容認する報告書をまとめました。それに対して、様々な問題点が指摘されていますが、一番の問題は、国民が十分に理解をしていない、という事ではないでしょうか。女性天皇と女系天皇の区別がついていない人も多いですね。
寛仁親王 (有識者会議が設置された)去年の一月から、私は仕事上、付き合っている色々な人に質問をしてみたのです。私と仕事をしているくらいですから、(皇室について)よく知っている訳ですが、その人達ですら、女帝と女系の違いをあまり判っていない。八方十代の女帝がいらしたというニュースだけが流れているのです。「だから新しく女帝が出来て何がおかしいの?」という感じなのですね。
でも、(八方十代の女性天皇は)皆様、未亡人乃至は独身だった。または、皇后様として、旦那様を亡くされて、その後、幼帝が成長されるまでお待ちになったとか、様々な形態があるけれど、皆様、等しく配偶者を求めていらっしゃらない。あるいは宇多天皇のように、臣籍降下されてから、もう一度お戻りになったり、光格天皇などのように、遠い遠い傍系から婿入りされて天皇になった例もありますが、そういう事まで知っておられる方は皆無ですよね。学者でない限り。だからこの一年間はひたすら、説明するために日本中を歩いていました。
私は、皆さんが決める以上、納得して決めて下さいという気持ちです。何の意味も判らずに、〇×式で決められたら、たまったものではないでしょう。日本国の歴史が変わってしまうのですからね。そして、百二十五代二千六百六十六年間、ひたすら男系で先人たちが守ってきた万世一系を、平成の御世で変える。それをいとも簡単に決めてしまっていいのかということです。
─ 有識者会議の議論の中身も判りにくいですね。
寛仁親王 驚いたのは、有識者会議というのは、あの下に専門部会が出来るのかと思っていたのですが、そうではない。その方達だけで決めてしまうのですね。我々、外で聞いている者には中で何が議論されているのか、さっぱり判らない。ましてや一般国民はもっと判らないでしょう。それなのに、どうしてこんなに拙速で決めてしまうのか。それを皆が不思議がっています。
─ 確かに各種の世論調査では女性天皇を容認する回答が多い。でもそれは、「愛子さまが即位されるのはいいじゃないか」というぐらいの感覚だと思うのですが。
寛仁親王 私はあまりアンケートというものを信用していません(笑い)。設問の仕方次第で結果は大きく変わりますからね。例えば単に「女性天皇も可ですか?」という聞き方をすれば、誰だって「可です」となるでしょう。それに対して、きちんと、日本は神武天皇以来のDNAが続いている世界で唯一の国なのです。女性天皇を認めるという事は、やがて女系に移るという事です。そして、過去の八方十代の女性天皇はこうだった、と説明した上で、アンケートをすれば、結果は違うと思いますよ。
それから、「愛子さまかわいや」とか、「雅子さまがお世継ぎ問題のプレッシャーから解放されるのじゃないか」、というようなレヴェルの認識で決められたら困る訳です。歴史の大転換点ですからね。私はこの問題は、政治を超えた問題だと思います。我々は政治にはタッチ出来ませんが、これは政治を超えていますから、きちんと正しい事を言って置くべきだ、と考えました。最終的には皆さんのご判断を待つ訳ですが、それにしてもメディアも、きちんとした事実を発信してほしい。そういった意味で、色々な所でお話をしている訳です。
色々な選択肢がある
─ 殿下は(女系容認以外の)色々な選択肢をよく検討した上で、結論を出すべきだ、とおっしゃっていますね。
寛仁親王 戦後、臣籍降下をなさった方、それも御自分の意思ではなく、やむなくGHQの指示でなさった十一宮家の方々がいらっしゃる。そうした方々が皇籍に復帰されるのは決して不自然な事ではありません。その方々は万世一系のDNAをお持ちな訳です。それから、養子を取れるように法改正をする。これは、せざるを得ないだろうと思います。私は皇室典範をそのまま残して置けといっている訳ではなく、改正は必要だと思うのです。例えば、秩父宮家、高松宮家は絶家になってしまいました。
それも養子が取れないからです。でも、よく知られているように、高松宮家は有栖川宮家の祭祀をお継ぎになっていた訳です。それと同じように、昭和天皇の弟様の由緒ある宮家の祭祀を継いで頂くために、(旧皇族方に)皇籍復帰をして頂くという手もあるし、現在のメンバーの中に愛子さま、眞子さま、佳子さまに婿入りされる方がいらっしゃってもいい。そういう方策が出来るように皇室典範を改正して、あらゆる手を尽くした上で、またしても次の世代が女性ばかりだったとか、そういう状況になれば、その時に初めて女帝・女系の議論に入っていけばいいのではないでしょうか。それは早く見積もったとしても四十年ぐらい先に起こり得る事でしょう。皇太子さまが即位されて、その次の世代の話をしている訳ですからね。
─ 有識者会議は、旧皇族の復帰について、戦後六十年も皇籍を離れていたという事を問題視していましたが。
寛仁親王 二千六百六十六年の中の六十年なんて、吹けば飛ぶような時間です。それから先帝様(昭和天皇)の御親族の集まりである、菊栄親睦会というものがありますが、それを中心にして我々は親類付き合いをしている訳です。ですから私みたいにゴルフをする人間は、年に二回のゴルフ会がある。お正月もそうですし、皆さんとしよっちゅうお目に掛かっているのです。だから「違和感」というのはどうしても納得が出来ません。
そんな事よりも、もっと違和感があるのは、愛子さまの配偶者を求めようとしている訳でしょう。そして、恐ろしい事に(配偶者を)陛下と呼ぶという。考えても見てください。昨日まで「田中さん」「佐藤さん」だった方が、突然見込まれて配偶者になり、「今日から陛下と呼んで下さい」という方がよほど違和感がありますよ。
それから神道上、難しいのは、その配偶者の次の代の方は天皇家と○○家の祭祀を祭らなければなりません。(報告書は)男女の別なく長子優先としていますから、○○家、××家が入ってきて、段々と万世一系という世界で唯一の素晴らしい伝統が破壊されてしまうでしょう。そうなれば、果たして天皇制の正統性を皆さんが認めて下さるでしょうか。皆さんの家系とあまり変わらない訳ですからね。やがて天皇家の滅亡につながって行くと思います。
天皇制がなくなれば日本は四分五裂
─ 二千六百年以上守られてきた万世一系の大切さはどういう点にあるのでしょう?
寛仁親王 天皇家は日本最古のファミリーです。国民が現在の天皇様を尊崇して下さっているのは血脈というか、世界に例を見ない男系で続いてきた万世一系だからこそだと思うのです。何代目の天皇が好きだとか、何十代の天皇が好きだという方はあまりいない。天皇陛下という制度、システムそのものを大切にするという事を、何となく皆さんが体感して下さっている。そこに自然と敬愛を持って下さるものがあるのではないでしょうか。日本の皇室は外国の王侯族のようにパワーでのし上がったり、革命で潰れたりとか、そういう権力を持つ存在ではありません。権力と権威を分けてきたのです。これは日本の民族の知恵でしょうね。陛下は〝振り子の原点″にいらっしゃると思います。右に行っても左へ行っても一回転しても、そこにいらっしゃるから軸がぶれないのです。そうしたものをいとも簡単に変えようとしている。もっと徹底的に議論してほしい。私はそう思って、色々なアイディアを出しているつもりなのですが。
─ 確かに今回の問題は歴史の問題、日本民族の問題であると思います。それなのに有識者会議は「歴史観、国家観に基づいて議論はしていない」と言っているのはおかしなことだと思います。また、当事者である天皇家や皇族の方の意見をまったく聞かない、というのもどうなのでしょうか。
寛仁親王 皇族は政治にタッチしないという大原則があります。だから陛下もご発言にならないし、皇太子さまもお話にならない。私も発言がある程度、限られてしまう。本当はあらゆる所へ講演に行って、皆さんああですよ、こうですよ、って言いたい所ですがね(笑い)。その原則があるから、有識者会議も聞かないのでしょうが、先程も申し上げた通り、これは政治を超えた、日本国の歴史と伝統をどうするかという問題です。よほど腰を据えて考えていかないと、日本がおかしな方向に向かってしまうと思うのです。
過去の日本の歴史を紐解いてみれば、常にナンバーワンが天子様で、最高権力者がナンバー二だった苦です。だから色々な大事件はあったのでしょうが、国民の皆さんは天皇制さえあれば日本は不動だと感じているでしょう。それは歴史が物語っていると思っています。天皇制がなくなれば、日本は四分五裂してしまうのではないでしょうか。日本という国を大事にすればするほど天皇制が必要だと思うのです。
絶対に変えてはいけないもの
─ 小泉純一郎首相のやり方は、「改革」の名の下なら、何でも変えていいんだというように見えます。でも変えて良いものと良くないものがある。日本として大事に守って行かなくてはならないものがあるのではないでしょうか。
寛仁親王 私たちは(立場上)小泉さんのやり方が良いとか、悪いとかは言えません。ただ、変えて良いものと絶対に変えてはいけないものがあるのは確かです。天皇家の中でも、どんどん変わって行った事があります。三笠宮家が良い例なのですが、皇族の歴史の中で、初めて親子が一緒に住んで生活をするという大改革をしたのはうちの両親が最初。二番目にそれを実行されたのが、いまの両陛下です。これもある種の改革でしょう。先帝様も随分色々な事を変えられました。一夫一婦制や殆ど洋服で過ごされるようになさった事もそうです。日本最古のファミリーもそうして次々と変えていらっしやった。私が〝現場監督″として、この三十五年間、スキーや福祉の仕事で現場に徹して仕事をしてきたのも改革の一つです。
伝統というのは一度切ったらそこで終わってしまいます。郵政改革とは違うと思います。世界に冠たる伝統を築くにはまた、二千六百年掛かってしまう。良いものは、続いた方が良い訳ですよ。こんな大事なものを変えようとしている訳ですから、一朝一夕ではなく、最低でも五年間ぐらいは議論して、日本の津々浦々で意見を聞いて、それから、有識者会議がもう一度、答申を出されて、国会で国民の代表である議員が慎重審議をし、国民の大多数が納得するような結論を出す必要があると思います。
─ 皇室、皇族のあり方について伺いたいのですが、殿下は皇室というのは「存在そのものに意義がある」とおっしゃっていますね。
寛仁親王 私は昔から感動しているのですが、先帝様は、台風などで被害が出ると、必ず「稲穂の状態はどうか?」「被災民は大丈夫であるか?」と待従に御下問される。農家の方たちや被災民の方々は陛下が心配して下さっていると聞いて、もう大感激です。だから、陛下がそこにいらっしゃるだけで国民が安心できる。陛下が国民の事、世界平和の事を常に考えて下さるから、我々は自由な事が出来るということは確かにあると思うのです。
私たち皇族は、職業選択の自由も限られていますし、政治、営利にタッチ出来ないということは、普通のサラリーマンも出来ないし、会社を興す事も出来ない。突き詰めて考えれば、私は皇族というのは仕事をするために存在するのではなくて、極端な話、存在していることに価値があるのだと思います。皇族は「血のスペア」ということですね。
今上陛下のご心中
─ 天皇陛下は今回の問題についてどうお考えなのでしょうか。一部には女性・女系天皇容認を陛下の御意思であるかのように伝える動きもあるようですが。
寛仁親王 (女系天皇容認が陛下の御意思ということは)それは違うでしょう。私が推測するに、平成の御世にきちんとした道筋を立てて置きたい、というお気持ちは陛下として当然、おありだと思うのです。それを(宮内庁)長官や、侍従長に「きちんと整備して欲しい」という事は当然、おっしゃったでしょう。逆におっしゃらなけらば、私の方から「どうなさいましたか?」と聞きたいぐらいですから。でも、天皇というお立場上、「女帝でいい」とか「女系でいい」とか、「誰それを連れてこい」というような細かい所までおっしゃる筈がありません。私は(今上陛下の)御訪中の時も大反対で、あらゆるチャンネルを使って反対の論陣を張ったのですけれど、結局、私達は惨敗しました。あの時も、陛下の御意向であるかのように吹聴して回っていた連中がいましたが、実際には陛下から直接聞いた人は、一人もいなかったといいます。今回もその時に似ていますね。
かつては想像もできなかった事態
─ 昭和天皇は戦後の十一宮家の臣籍降下の時に、随分反対されたようですね。あれから約六十年たって、ある意味、今日の事態は予想されたようにも思えます。
寛仁親王 正直言いまして二十六年前結婚した頃は、このような状態になるとは想像もしませんでしたね。だって、皇太子さまも秋篠宮さまも健康でいらしたから、次々と男子がお生まれになると思っていました。私達は傍系だと判っていましたから、娘が二人で、満足していました。男系は万々歳だと思っていたのです。私のみならず、誰も予想しなかったでしょうね。私の弟達もいましたし。
十一宮家の臣籍降下については、当時、陛下が全員をお呼びになって、「誠に残念な事態になった」とおっしゃって、当時の宮内府次長が、万が一の時のために復帰の事をお考えになって身を謹んで頂きたいというような事を話したそうです。だからそういう方策があるという事を声を大にして言って置きたいですね。
─ 十一宮家の方々と最近、お会いになった時に、今回の問題について、お話をされることもあるんですか。
寛仁親王 最近、神社本庁の統理をなさっている久邇邦昭さんにお目に掛かった時に、「神社本庁、しっかりして下さい」と言ったのです。神社本庁はすでに総長名で二度、慎重審議を求める申し入れを官房長官にしていますから、頑張って下さいよと言った訳です。でも、久邇さんも困っておられましたけど、メディアが「コメントを出せ、出せ」とひっきりなしに言ってくるそうです。でも久邇さんも当事者の一人だから御自分では言えないでしょう。神社本庁の統理としては言いたい事はあっても、久邇邦昭さんとしては言えない訳です。「コメントを出せば、まるで自分が皇族に戻りたいように思われてしまう。自分はそんな気はないのに」と話しておられました。他の(旧皇族の)方々もおっしゃれないですよね。当事者ですから。私だってそうですよ。指示をしている訳ではなくて、「考えて下さい」と提案しているだけですから。それを判断するのは私じゃなくて、皆さんなのです。
─ でも、「火中のクリを拾う覚悟」で殿下が発言された事に対し、有識者会議の吉川座長が「どうってことない」という発言をしましたね。
寛仁親王 「その言い方はないでしょう」と思いましたけど、有識者会議の機構や人選については政治マターですから、何も言わない事にしています。ただ、ロボット工学の専門家だから、人間の言葉が判らないのかなと(笑い)。敬語とか丁寧語がね。「ありがたく拝聴しておきます」というように言っておけば、何の問題も起きないと思いますが。
─ 殿下が提案されている選択肢のうち、あえて順位をつけるとすると、どの案がベストでしょうか。
寛仁親王 (現在の皇室の家系につながる)開院宮家は、江戸時代に新井白石の提案によって創設されました。いわゆる「血のファーム」を残して置く、という意味ですね。白石は本当に良い提案をしてくれたと思います。私の提案はエッセーなどに書いた通り色々な選択肢がありますが、まず二段階あると思います。単純に旧皇族方(戦後、臣籍降下した十一宮家)に皇籍復帰して頂くというやり方もあるし、祭祀をお祭り頂くために、秩父宮家、高松宮家を継いで頂く、という方法もあります。そのあたりのことは歴史学者や法律学者が真剣に議論して下さいという事なのです。私達、素人には言えませんから。でも大雑把に言えば、養子縁組と一般的な皇籍復帰と祭祀を続けて頂くための皇籍復帰と、いくつかの方法があるでしょう。
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