恨(ハン)の文化 | ロードのブログ

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日本人は日本列島で、他国からの侵略もなく、
悠久の幸せな時を過ごし、和の文化を形成した。


二度の元寇は、いづれも神風で打ち払われた。
実は何度来ても、打ち払われる運命にあった。

なぜなら昔は帆船であり、日本に向けて良い風が吹く頃しか、
日本には到達できない。

しかし、その時期は台風シーズンだ。
日本は、海神、風神に護られた神国なのである。



では、お隣の朝鮮半島はどうだったか?
前回の記事をまとめると、


7000年前から、日本から縄文人が、無人の朝鮮半島に渡っていく。

4000年前から、中国、モンゴルの侵略を受ける。
  縄文男性は、根絶やしにされる。
  縄文女性は、侵略者の子孫を残すために生かされる。
  
  朝鮮人は、母系:縄文人、父系:中国、モンゴル人の混血民族になる。


文字にするとあっさりしてしまうが、侵略とは苛烈な出来事である。

縄文女性は、両親を殺害され、
親の仇の子孫を残すことを強制されたのである。


その後、朝鮮半島は、中国の冊封体制に組み込まれ、
日本に開放されるまで、中国の属国、半植民地となる。

朝鮮人の祖は、侵略者であり、

親を殺された恨み、
その仇に支配される恨み、

何世紀にも渡る、中国への服従という、屈辱の歴史を歩んできた。

これを、”恨(ハン)の文化”という。


そして、恨(ハン)は、強者を前にすると抑圧され、
弱者を前にすると、一気に開放、すさまじい惨劇が起こる。



大日本帝国敗戦後、丸腰の日本人を虐殺、略奪。

ベトナム戦争で、民間人を虐殺、強姦→ライダイハン。


(Wikipedia 引用)
韓国軍の虐殺行為[編集]
ベトナム戦争が終わり、南北ベトナムが統一して既に四半世紀が通ぎた。そして韓国ではここ数年、あの戦争をめぐり長らくタブーとされてきた過去について、かつてない議論が進められている。その過去とは、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によるベトナム民間人の虐殺問題だ。
最初にタブーを破ったのは、韓国のハンギョレ新聞社[13]が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は1999年、韓国軍がベトナム戦当時に起こした虐殺事件について記事を掲載したのだ(5月6日号)。この記事を書いたのは、韓国人歴史研究者のク・スジョン。彼女はベトナム戦争の韓国軍の残虐行為が記されたベトナム側の資科を入手し、韓国の市民団体の一行とともにベトナム現地で検証を始めたのだ。ある地域で、猛虎部隊(韓国軍部隊)等による1か月間の作戦で1200名もの住民が虐殺されたという66年当時のベトナム側の報告を紹介しながら、同時に生存者たちの証言に基づき虐殺の様子を具体的に描いている。
例えば、生存者の証言からは韓国軍による民間人虐殺の方法にいくつか共通した類型があったようだと、同記事には記されている。以下、その部分を略して引用する。

大部分が女性や老人、子供たちである住民を一か所に集め、機関銃を乱射。
子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。

女性を強姦してから殺害。強姦しながら拷問。
妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。


トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺す……等々。
日本の戦争責任を追及してきた韓国の人々にとって、自国軍が虐殺をしていたのだという告発は、苦いものであったに違いない。
続いて同誌の2000年4月27日号には、住民虐殺を行なったという元軍人による加害証言が掲載された。戦争当時、一般住民とゲリラを区別するのは難しく、我が身を守るためには仕方なかったのだとその元軍人は述壊した。しかし同時に、今やその行為に罪の意識をもち、韓国政府がベトナムに謝罪し被害者に補償することを望むという彼の声も、同誌では伝えられた。
これと前後して米誌『ニューズウィーク』が「暴かれた英雄の犯罪」と題してベトナム戦争での韓国軍の虐殺問題を取り上げた(2000年4月21日号)。ク・スジョンらの調査を紹介しつつ、「8000人以上の民間人を殺した韓国軍の虐殺行為の数々」が明らかにされつつあると、7ページにわたり大々的に報じたのだ。タブーであった虐殺事件についてのこれらの報道に対し、韓国国内では激しい反撃が起きた。
同年6月27日には、ベトナム戦に従軍した退役軍人ら2000人余りがハンギョレ新聞社に乱入しコンピュータなどを破壊した。




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