2005年8月、当時手がけた装置に不具合があり、
急遽一人でインドに旅立つことになりました。
ぼくが精神世界に入る数ヶ月前のことでした。不思議な導きです。
インドに着陸する前から香辛料の匂いがしてきます。
到着しましたが、英語も話せないし、迎えのインド人に会えるのか?
インドは命に危険はないが、詐欺と赤痢に気をつけろと言われていました。
しばらく不安な時を過ごしていると、装置の写真を持ったインド人が近づいてきました。
会社の人間ではなく、雇われ人のようです。
会話もなくホテルに連れて行かれました。
5つ星ホテルだったけど、特に豪華でもないホテルです。
ここは確か、「Dehli デリ」だったかな?
明朝、また迎えに来ると言い残して男は去っていきました。
明朝、代理店の副社長がやってきました。
目的地の病院は、アムリットサルにあります。
インドの北端パンジャブ地方にあるので、国内線で移動です。
インドは暑い・・・。日本よりもさらに湿度が高くて熱気がすごいんです。
そして交通がすごい。道はみんなのもの。
車だけではなく、バイク、自転車がごった返しています。
自転車が車の前に、平気で割り込んできます。
そんなときは、クラクション!
常にクラクションが鳴り響いているんです。
でも一番びっくりしたのは、馬車ですね。^^;
馬車が運搬用に活躍してるところがあるなんて・・・。
パンジャブ地方は、大平野で草原が広がっています。
川の流れはほとんどなくて、どんよりしてます。
すぐ氾濫しそうなほど川面が高いのですが、いいんでしょうか?
木陰で涼んでいる牛たちをよく見かけます。




目的地の病院に到着。
院長を始め、皆さんから責められてるようです。
英語ができないのも、こういうときは悪くないですね。^^;
予定のオペが終了し、装置が空いたところで調査開始です。
日本では問題が発生しないのに、なぜここでは起こるのか?
半信半疑で確認していると、早速問題が発生しました。
眼のレーザー手術中(LASIK)に、装置が暴走してエラーストップします・・・。
さらにこれは言えませんでしたけど、ミニ暴走してエラーにならずに
オペが継続されることもあり、あらぬところにレーザーが照射されてしまう
ケースもあることがわかりました・・・。
問題の箇所は、ぼくが作ったプログラムではないし、
開発環境がないので日本でしか直せないし、
それ以降は日本とのやりとりと、修正プログラムを待つ日々でした。
顔を合わせる毎に、どうなったんだと聴かれます。
今思えば、ぼくはマイコンプログラムのリーダーだったのですが、
経験のない素人のぼくが独力で理解して、
素人の2人に手取り足取り教えるという、最低のチームでした。^^;
1日で終わる内容なのに、
まさか、4日間ものらりくらりと弁明することになるとは思ってませんでしたが、
その間、インド生活を送ることができたのです。
とはいっても、移動手段もないし日中は病院にいるので、
食べることくらいが楽しみなんですけどね。
昼はいつもピザハットで。
店に行く途中で、必ず赤ん坊を連れた女の人から物乞いされます。
あげると大変なことになりそうなので、そのままスルーします。
お店のメニューには、ノーマルか、ベジタリアンに分かれます。
ベジタリアン率が非常に高いんですね。
夜はホテルのレストランで。
激辛カレーを頼んでしまったときは、ほとんど食べれませんでした。
それから日本のナンを頼もうとしても、よくわからないんです。
インドのナンは、中になんか入ってます。
ようやく日本から修正ソフトが届き、順調に動作確認できました。
それでご褒美なのか、院長が使用人を案内役として、半日観光に連れて行ってもらいました。
まずは、インド-パキスタンの国境、ワーガー国境に向かいます。
両国は紛争を続けてきたので、兵士が常駐しています。
そして時間になると、両国の兵士が行進と軍舞?で、愛国心を表現します。
進行係がマイクで大声を上げ、スタンドに埋め尽くされた観衆を煽ってます。
相当な観衆がいました。不思議な光景です。
ここはアジアのベルリンと呼ばれてるらしいのです。


次に向かったのは、黄金寺院。
金箔で飾られたお寺で、シーク教徒の総本山です。
聖地へは土足厳禁なので、車に靴を置いて歩いていきます。
広大な敷地に水路が一周あり、中心に黄金寺院があります。
大理石の道を一周して、黄金寺院に入っていきます。



お参りして出ると、どろっとしたものを手につけてもらいます。
恐いけど食べるしかないですね。甘いお菓子でした。
お寺の資料館では、残酷な絵がこれでもかというほど展示してありました。
パキスタンとの紛争、シーク教徒の弾圧などあったのでしょうが、
仕打ちを忘れない宗教というのは、日本人にとってなじみが薄いです。
日が暮れて、院長宅へ向かいます。
高級住宅街にあり、立派な建物でした。
そこで、不具合の原因と、対策内容の説明をし、納得してもらいました。
奥さんは優雅にヨガをしていて、息子に将来の職業を聞いたら、
やはり医者と答えが返ってきました。
使用人に送ってもらいましたが、別れ際がとても悲しそうなんです。
翌日会ったときに、チップを1000円あげると、
それは大層な喜びかたでした。どれくらい使い出があるんでしょうね?
翌日は、デリに戻ります。
代理店のサービスマンに、飛行機か、列車か、どちらにするか聞かれました。
それってそちらが決めることじゃあないの?
列車は6時間もかかって、非常に大変だの何だのとと、とうとうと仰います。
「じゃあ列車で」
というと、とても悲しそうな顔をされるのです。
結局、飛行機で帰ることになりましたが、本人の意思表示が
大事な社会のようです。
最初は赤痢を恐れて、生っぽいものは食べないようにしてたのですが、
だんだんルーズになって、スイカジュースまでも飲むようになりました。
でも日本では経験したことない、ひどい下痢にもなりましたが・・・。
だからトイレットペーパーは手放せなかったです。
下手するとペーパーのかわりに、蛇口がついてますから。
どうやって使うのか恐いんですけど、日本人には無理ですね。^^;
とりあえず水が違うということで、これはインドの洗礼なのでしょう。
インドという国は、貧富、自然、宗教が多様でごちゃまぜになった、
一言で言うと、刺激的な国です。
また来てみたいと思いつつ、日本へ帰国したのでした。

