明日は蟹座新月。

今日はちょっと怖いお話。

私の山羊座にある月を傷付けた人に対して蟹座にある火星の守れなかったと言う怒りや無念が、ずっとある。

もののけ姫に出てくる祟り神の様に。

その人や、その周囲の人達は私に理不尽な鉄を打ち込んだ。

鉄を打ち込まれたあの猪、まごのかみだっけか、それと同じ。

怒りすら奪われたら、人はどうなるか?

祟るんだよ。

生きながらに祟るから、祟り神。

アシタカもぶっちゃけ、怒りと失望、絶望でいっぱいなんだよ。

分からない人は一生分からない課題だと思う。

良い悪い置いといて。

ただ、祟り神になりたくはないしもう祟るの疲れたからどうしよう?と考える人もいる。

私もそうだから。

さて、どうしよう?

打ち込まれた鉄はそう簡単には溶かせない。

この怒りはらさでおくべきかはとうの昔に過ぎてる。

ここで、何で呪いは面倒?と振り返る。

この理不尽さによって祟り神になった人はまず誰を呪い祟っているか。

自分なんだよ。

自分自身が祟り呪いと化してるから、最初に呪われて祟られるのは自分。

幸せになれない、彼氏出来ない、やりたい事やれない。

言い出したらキリがない。

けど、こうやって祟り神は作られる。

その人間の周りは憎悪と怨念が漂うから、どんなに幸せになろうとして歪みが出る。

けど、そこに気付きさえすれば解呪する隙間が出来る。

なぜ怒りがあるか、その怒りに隠れたものは?

私の怒りに隠れたものは、愛だった。

私は私を守れなかった。

それはそうだ、小さい頃はまだ親の庇護が必要。

けど、その庇護者が庇護出来ない人間だったら?

庇護しているつもりが、鉄を打ち込んできたら?

私はずーーーーーっと、怒りに震えていた。

無念だった。

あれもしたかった、これもしたかった、好きな人と仲良くなりたかった、幸せになりたかった。

それを今一度、もうそうなろうよと星とご縁に促される。

呪いは大なり小なり誰にでもある。

私の場合、多くの人の手を借りる必要があっただけの事。


もし、同じ様に祟り神になっちゃって、あ自分なってるわ!どうしよ!と思った人。

あなたがあなたに頑張ったよねって言ったら少しは変わるよ。

もう良いんだよって今は言えなくても、頑張ったよねってくらいでちょうど良い時もある。