恋と愛、何が違うと思いますか?
難しい話は抜きにして。
辞書で言葉を引いてみたり、色々調べて定義づけることは出来そうだけど、ここではそういう話ではなく。経験の話。
恋って、「好きだなぁ」とか「いいなぁ」とかそんな感じの延長線上。 それに対して愛は、なんだか時間をかけて育っていく物、そんな感じがしませんか?
例えば「初恋」はあるけど「初愛」はないですよね?なにがちがうんだろう?
「これって恋?」と思うことはあるけど、愛は気付いてみたら愛に変わっている物なのかな? 愛ははぐくむ物。だから、あってその場で、「恋してしまった」のように「愛してしまった」ということはないですよね。きっと。
愛。 「兄弟愛」「師弟愛」はあるけど、「兄弟恋」、「師弟恋」ってない。好きだという感情をいうというより、大切に想ったり、想い合う様。そんな感じで使われている気がするのですが、皆さんいかがでしょうか?
そんな前置きはさておき、自分が初めて人を愛したと感じた時、恋とは全く違うと感じたこと。 それは、相手の家族に対しての気持ちでした。
誰かを好きになっても、好きになった人の家族って、あまり意識しないですよね。(いやみんなは意識するかなぁ?w) そりゃ、会えば挨拶したり、そういうことはする。 ここで言っているのはそうではなくて。
初めて愛と感じたとき、「この人(好きになった人)をこんな風に育てたご両親ってどんな人だろう?」「ご両親に会ってみたい」「早く挨拶して認めてもらいたい」そんな風にいつの間にか思っていたんですよねぇ。
それまで恋だった頃は、嫌いとかそういう意識の前に、まず、なるべく会いたくないなぁ。お父さん怖いだろうなぁ。そんなことばかりが先に頭に浮かんだのですが、そうではなくなった。
これだけではないけど、「あぁきっとこれが愛なんだ」と感じた違いでした。
愛って、自分は宗教家じゃないから宗教的な教えは分かりません。
だけど、「無償の愛」って聞きますよね?自分はこれこそが「愛」の形だと想っているのです。 なにも見返りを求めることなく、ただ、自分の信念に基づいて相手を大切に思う事。
そう、これって、親が子に施すそれ、だと思いませんか?
自分はそれこそが、本当の究極の愛だと思っている、というより、信じているのです。
昔、「これは本当に愛だ」と確信した相手がいました。だけど、色々あってずっと片思い。10年くらいかなぁ? 自分はあきらめも悪いし、欲しいと思った物は必ず手に入れたいタチ。 だけど、人には心があるから。。。 無理をすることが出来ない。。。 だから長いんですよねぇ、スパンが。。。
そして、好きになれば好きになるほど、愛するほどに、相手の幸せを望む様になる。そしてそれが自分の1番の幸せになってくる。
結局その相手は、いつも自分以外の人を好きでいた。しかも、自分の周りの人間ばかりねw
でも、この人が好きならば。。。この人が幸せでいてくれたら。。。って。
それだけ長い間だから、その人の友達に、「今、別れたばっかりでおちこんでるから、今ならいけるから行きなよ!!」なんて言われる事もあった。
だけど、自分の頑固な性格もあって「そんな弱っているところを狙うなんて。。。」なんて思ったり。吊り橋効果の様に弱っているところを優しい言葉で近づいて好きになったとしても、本当に自分のことが好きでなければ意味がないし。なんて考えてしまったり。。。 頑固ですねぇ(´д`)
考え方が若いですねぇw 今なら少し違うかも知れない。 まず、1番難しいのはきっかけをつかむこと。きっかけはどうあれ、その後頑張れば良い!! と今なら思うかも知れない(´д`)
他にも、例えば他に好きな人が居ると知ったり振られたり。そうしたら、他の人でも見つけなよ。っと言われるけど、自分の性格はそれが出来なくて。自分の気持ちが消える日が来たら、それはその時。誰かを無理に好きになって忘れる、みたいなことはしたくなかった。 だって、その為に利用される相手も可愛そうでしょ?w
他に気持ちがあるのにさ。。。(´д`) ってそれも、昔の若い考えだけど。
だから、いつまでも好きな気持ちは消えないまま。だけど、その気持ちを押しつけたりストーカーみたいにはしませんよ?w
そうなってしまったら、結局愛じゃないからねぇ。。。
好きになるのって、好きになろうと思って好きになることってないですよね?だから、好きじゃなくなるのも、そうしようと思うのではなくて、その時が来たら。。。
そんな状態が長いと、幸せをいざ掴みそうになっっても、急に怖くなって距離を自分から取ってしまったり。そんなこともあった。
幸せになれていない人間って、こうなってしまうのかなぁ?w
だから、いつまでも片思い。いつまでも見守っている。相手から好きだと言ってくれるまで。相手が「俺で良い」って言ってくれるまで。。。相手が望んでくれる時が来るまで。そんな人生を送ってきた。
そんな時、友達たちがふと自分に言った言葉。。。
「おにぎりさんは、思い描く幸せに自分がいないよね」って。 「相手の幸せばかり考えて、自分の幸せはどこにあるの?」って。 「おにぎりさんのしようとしている愛は親の愛し方だ」って。。。
なるほど、と思った。けど、愛って、無償の愛ってそういうもの、ですよね?
自分がいることを前提に描いた幸せは、無償の愛ではない。
でも、その後その好きだった相手にも言われた。
「いつも優しさ伝わってうれしいけど、そこにいつもおにぎりさんが居なかったんです。だから、本当に自分を好きなのか分からなくなった」って。。。
んー、愛って難しいww
それからしばらくの時が経ち、「確かに、人を愛したら、自分は幸せになったらいけないのだろうか?」と考える様になった。自分は親じゃない。そう、そしていつからか、「相手の描く幸せの中に自分がいる様に努力をすれば良いんだ」「相手の幸せを描いた先に自分もいなければいけないんだ」と考える様になった。
そして、もう人を愛することはないだろう、と思っていた自分に愛が芽生え、そしてまた行き場を失った。。。
愛って何の為にあるんですかねぇ?