最近、色々考える。
自分のしている行動。
はたして、この本意はなにか?
これをちゃんと理解して行動できているか。
よく後輩などに、
「自分が何のためにやっているか、
考えながらやっている?」
と言う場面がある。
物事をこなしているうちに、
いつの間にか、本来の目的のためではなく、
その「行為」をすることが目的になってしまっていることが多い。
本来、
ものごとには「目的」があり、
それでは、目的を達成するために、何をすればよいのか?
そこで、その目的に達する為の、
「過程(行為)」が生じる訳である。
普段、生きている中で、
それほど意識しなくても、
自然にできていることですね。
ただし、この「意識しなくても」に鍵がある。
この現象の発生で考えられる理由として、
・いつも同じことをやっている ・・・(1)
・忙しい中でこなさなくてはならない ・・・(2)
・そのこと自体に興味がない ・・・(3)
・その過程の中で、自分にとっての損得が生じる ・・・(4)
(過程の中に第2の目的(自分としての目的)が発生する)
このようなときは往々にして、この現象に陥りがちだと考えられる。
たとえば、何かの練習。
「今日はこの練習をするぞ!!」
という明確な目的がはっきりしているときは大丈夫。
しかし、これが毎日毎日同じ練習をしているうちに、
いつものように始まりいつものように終わる。
そんな「ただこなす」だけの練習をしてしまうことも、
時にはあるだろう。 <理由(1)(2)>
また、先生や先輩に、よくやっていると思われるように、
見ている時だけは頑張ろう!!
なんていう場合もあるだろう。 <理由(4)>
これは、本来の目的への過程から逸脱しているわけですね。
正確にいうと、理由(4)は本来の目的と、
二次的に生まれた目的が合致していれば、
必ずしも完全に逸脱しているとはいえないが。。。
他には、自分以外の相手が関わる場合。
たとえば、掃除。
皆さんしますね。
自分が、何か汚れているのを見つけたり、
そろそろ掃除しないと、、、と思って行った時は、
多分、大丈夫。
これを、誰かにお願いした時、
現象が起きやすい。
本来、お願いする側は、
「汚れを落とす」ことが目的なわけですが、
一方、お願いされる側は、
頼まれたので掃除するかぁ、という
「掃除をこなすこと」が目的となってしまう場合がある。 <理由(1)(2)(3)>
もちろん、
意思の疎通によりしっかり目的を伝えることや、
相手のモチベーションによって、いくらでも回避はできる。
仕事の上ともなれば、
この危険性を予測して、
回避するのが上の立場であったり、
お願いする側の責任ともなってくるのだが。
今回はその観点はおいといて。。。
こうなると、
結果に差異が生じることも不自然ではない。
むしろ、そうなる可能性が高い。
目的を「汚れを落とすこと」に当てている場合は、
もちろん、ちゃんと汚れを落としたときに「達成した」
と認識するわけですが、
目的を「掃除をすること」に当ててしまっている場合は、
もしかしたら汚れが残っていたとしても、
したことによって目的を「達成した」
と認識してしまう可能性がある訳です。
たとえばこんな感じ。
A:(テーブルにコーヒーのあとがこびりついているなぁ)
A:(#1)Bくん、テーブル拭いといてくれるかなぁ?
B:(#2)いいですよ!!
ふきふき
だがしかし、コーヒーの後は消えなかった
A:B君、お願いしておいたのに、テーブル拭いてないの?
B:?? ちゃんと拭きましたけど。
Bは嘘をついていないし、実質的に掃除もしている。
がしかし、Aからしてみればちゃんと掃除したのかな?と思う。
ではどうすればよかったか。
回避のポイントは2点。
まず#1で指示する側が、
「コーヒーのあと」をとることが目的であることを明示する。
次に#2で受ける側が、
「何か気をつけて行うところはありますか?」
と確認を行い、相手の意図をくみ取る努力をする。
相手が絡むことによって、
コミュニケーションエラーと言う観点が絡んでしまい、
少しややこしくなりますが、
要は、自分の今している行動の意図と本位は何か?
これをちゃんと意識できているか?
これが大事だという話。
これができていないと、
せっかく労力と時間を費やしても、
無駄になりかねないですね。
と、長々と書いてきましたが、
ここまでは前置き。
長くなってしまったので、次に続く→