前記事の続きでございます。


時系列では。

触診で『乳がんです』→パニック→治療法検索

→病院で治療すると決める→近藤先生のところ

→針生検結果。




なので、近藤先生のとこには、

『セカンドオピニオン』の枠で行ったけど、




治療方針もまだない時に、

行ったわけです。




会って話しをきいてみたいと思ったわけ。





CT画像とかもまだなかったんです。

(・ω・)






近藤先生の話は、

まず、




『本物のがん』『がんもどき』の話。




治療をしない『放置』の話。




で、

放置したら、こうなります。

痛みとかありませんと、




『乳房から腫瘍が飛び出してる写真』



花○乳がんを見せられ、


( ・д・)・・・・。




私『病院で治療します』



近藤先生

『そうですか、頑張ってください』

とあっさり。




良い医師だからと

知り合いの先生とその病院、紹介してくれました。



その病院では、治療しなかったけど。




私が思ったのは、

無理に放置しなさい、と言っているのではないな。



患者が、何もしなくていいことを、

望んでしまうのではと。



もちろん、

医師であるのに、

そういう風に思わせてしまうのは、

いけないとは思いますが。




治療のチャンスがあった人が、

本やセカンドオピニオンにより、

手遅れになったケースもあるらしいです。



数ではなく、

一人でもそのような人がいるのは問題であるはず。




でも、本、テレビで取り上げられていました。




そんなものなんだな、

と思った人も大勢いたでしょう。





近藤先生は、亡くなられました。

ご冥福をお祈り申し上げます。




先生は、今では当たり前になった、

乳房温存手術に貢献されたそうです。



それまでは、乳がんの手術は厳しい手術で、

患者の負担が、大きかったようです。





~何がどうなってしまったのか。





ただ、

先生を、持ち上げてお金儲けしたのは、

出版社や、メディア。






失敗談というより、



乳がんと言われてから、

このように

悩み、さ迷ったわけで。



乳がん支援者は、



誰もがそうである、

それも、ありだと。




だからこそ、

見えてくるものがあるそうですよ。

( ̄ー ̄)b





何かのヒントになりましたら、

幸いでございます。