更新が遅くなってしまいました。
8日に東京へ日帰りで遊びに行ったのですが、その反動で一昨日と昨日は満身創痍でした。
正確に言えば神奈川のラーメン「中村屋」へ行きたかったのですが、台風の接近もあり、急遽予定を変更して、新幹線ですぐに帰れるよう、都内で食事をするにとどめました。
さて、前回は新聞の記事をきっかけに、諦めていた夢に再び挑戦する決心をするに至るまでをお話しました。
その日から、さっそく勉強を始めました。几帳面な僕は、小学校~高校の教科書、プリントを全て押し入れにしまっていました。
アルバイトと並行してして勉強の毎日。アルバイトへ行く前に図書館で勉強し、仕事の休憩中に勉強し、仕事が終わったら勉強し、休みの日も勉強し…。そんな1年を過ごしました。
独学でしたし、勉強自体久しぶりのことなので思うようなペースではありませんでしたが、1年間目標に向かって努力できたことで、自分への自信がついた1年でもありました。
迎えたセンター試験。現実を思い知らされました。全く歯が立ちませんでした。絶望感に打ちひしがれながら会場を後にしたことを覚えています。
自己採点の結果は300点台。国立大学など、夢のまた夢の成績でした。一応出願はしましたが、当然、目標とする国立大学は不合格でした。
しかし、1年間努力を続けたことで、教員になるということは、自分の中で、「憧れ」から「現実的な目標」へと変わりました。なので、具体的にどうすればこの目標に届くことができるのかを考えることができるようになりました。
3月。恥を忍んで、両親に頭を下げました。
「合格できなかったら、それでキッパリ諦めます。その時はどこかにちゃんと就職します。1年間だけ、予備校に通わせてください。」
1年間、僕の頑張りを見ていた両親は、何も言わずにお金を工面してくれました。感謝してもしきれないことです。
6年間続けたアルバイトを辞め、1年間、予備校で必死に勉強しました。少ない日でも1日10時間。1年間で勉強しなかった日は1日だけでした。(地元の花火大会で、はじめからこの日だけは勉強を忘れる日にしようと考えていました。)
予備校で、目標を同じとする仲間と切磋琢磨できた時間は、一生の宝です。
4月当初、どこの大学もE判定だった僕ですが、最終的には目標とする国立大学の判定をBまで上げることができました。
そして迎えた2度目のセンター試験。会心の出来でした。国立大学の二次試験も、十分な対策ができていたので、試験が終わった瞬間に合格を確信しました。そのくらい、合格のために全てを捧げた1年でした。
合格発表当日、当然緊張もしました。しかし、自信もありました。「やれるだけのことはやった。」という思いで、結果が出るのを待ちました。
そして・・・合格!
嬉しさか、安堵か、自分への誇りか、様々な感情で涙が溢れ出しました。合格を知った母の涙も忘れられません。自分1人ではなく、たくさんの人に支えられての合格でした。
大学では、同級生より年が上ということもありましたが、変に気を遣われることもなく、たくさんの友人ができ、充実した大学生活を送りました。
そして、4年次の夏、今の学校への採用が決まりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「③教員になってから休職へ至るまでの経緯」は明日の更新予定です。
