おはようございます。
朝から梨と桃とキウイとバナナのミックスジュースなどを飲んで、まるで美容家のようだなと自分を眺めています。
さてさて、こんなラジオを録りました。
最近気づいたことなんですけど、自分を形成しているものって自分じゃないですね。
生まれた時にもらった自分という素材があって、その素材を育ててきたのも家庭だったり社会だったりという外部環境で、よく考えたら自分でつくったものなんてないんです。
大人になったら環境は選べるというけど、その選ぶという能力ももらった素材に依存します。選べる人もいれば選べない人もいる。
私は自分を変えたくて色々試してお金を使ってきたけれど、変わったと思ってもまた元に戻ります。そもそももらった素材がこれで、変えるという能力ももらってないんだから、変わるなんてほぼ無理だったんだなとわかりました。
世の中に変われる人がいたとしても、そんなに大きな変化を起こす人がたくさんいるわけではないと思います。
最初に神様が人類を作った時に数種類のパターンを作って、それぞれの役割を果たせるようにし、その子孫が我々です。我々はこの世界において、もらった役割を果たすように作られていて、それで社会が成り立っています。
もし大きく変わる人が続出したら、この世界は立ち行かなくなります。この世界のバランスを保つために、「びくびくする人」「おだやかな人」や「めんどくさい人」や「拗らせている人」が必要なのです。
だから私がびびりで温厚でめんどくさくてこじらせているのは世界のバランスを保つために神様が決めた役割を全うしているだけであり、この役割を与えられたのも私のせいではなく生まれた環境なので私のせいではありません。
そう、自分のせいなんてものはひとつもないのです。
あれもこれも私のせいじゃないんだ、とわかったら本当に楽になりますよ。少なくとも私はなりました。自分のややこしさに抵抗しなくなりますから。抵抗しないということは、葛藤が減るということです。葛藤が苦しみを生みます。
葛藤をひとつやめるだけで、人生は大分快適です。

