音楽学会発表要旨 | アイリッシュ・ハープ研究家、奏者、制作者、音楽教育者 寺本圭佑

アイリッシュ・ハープ研究家、奏者、制作者、音楽教育者 寺本圭佑

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アイリッシュ・ハープ研究の実践的応用
―オサリヴァン編『カロラン全集』(1958)の再編について―

盲目のアイルランド人ハープ奏者兼作曲家カロラン Turlough O’Carolan (1670-1738) は自筆譜を残さなかった。彼の作品は他のハープ奏者や器楽演奏者、歌手に口頭伝承され、彼らを通して間接的に楽譜に記録されたものしか現存しない。たとえば、カロランの生前にダブリンで出版された曲集は「ヴァイオリン、ジャーマン=フルート、オーボエ」のために編曲されたものだった。その後18世紀以降に出版されたカロランの作品を含む曲集は、アイリッシュ・ハープ以外の楽器のために編曲されたものばかりだった。したがって、これらの出版譜に見られるカロランの作品は、どの程度原型を留めているのか不確かな状態である。
一方、18世紀末に鍵盤楽器奏者バンティング Edward Bunting (1773-1843) がアイルランドのハープ奏者たちの演奏を採譜していた。その手稿譜は現在ベルファスト、クイーンズ大学図書館に所蔵されている。この資料から、後世のハープ奏者がカロランの作品を実際にどのように演奏していたのか確認することができる。しかし、出版譜にしか残されていない曲もあり、カロランの作品は玉石混交の状態で伝えられてきた。
1958年、アイルランドの音楽学者オサリヴァン Donal O’Sullivan (1893-1973) がこれらの楽譜を整理し、213曲の全集として出版した。だが彼はカロランが演奏していた楽器や奏法については深く考慮していなかった。なぜなら、古いタイプの金属弦アイリッシュ・ハープは19世紀末に演奏されなくなり、1950年代には完全に忘れられた楽器となっていたからである。
その後1970年代後半から、金属弦アイリッシュ・ハープの歴史や奏法についての研究が発展し、楽器の復元も行われはじめた。その結果、オサリヴァンが編集した楽譜には、いくつかの問題点があることが明らかになった。たとえば、オサリヴァンのエディションはすべて単旋律で書かれており、アイリッシュ・ハープでは演奏困難な臨時記号や不自然な調号が散見される。したがって、実際にアイリッシュ・ハープで演奏する場合、新たに伴奏を書いて、臨時記号や調号を修正しなくてはならない。つまり、オサリヴァンの楽譜は実用的とはいえなかったのである。
この問題に着目すると、金属弦ハープ用に編曲した新たなカロラン全集を再編することが、カロラン研究の新たな課題として挙げられる。だが研究が発展したとはいえ、自筆譜の存在しないカロランの音楽を忠実に「復元」することは現実的に不可能であろう。むしろ再編の目的は、21世紀の金属弦ハープ奏者が、カロランの作品をどのように受容し演奏しているのか、その一例を「記録」として残すことである。本報告では、オサリヴァンの全集を底本として、より実践的なエディションを再編する試みについて、実例を交えながら議論を展開していきたい。