ビートルズはロックン・ロールバンドでしょうか。それともポップバンドでしょうか。この問いに、かつての自分なら「ポップバンド」と答えたでしょう。なぜならビートルズのコードの使い方が明らかに先行する「ロックンロール」と異なるからです。でもよくコードや形式を分析すると、一見ポップな作品もその背景に伝統的な12小節ブルースの形式が隠されていることがわかります。
今回はそのことを、ポール・マッカートニーが曲を提供したことで知られる、ピーター&ゴードンの《愛なき世界 A World Without Love》を題材に解説します。
・《愛なき世界》のコード進行
チャック・ベリーやバディーホリー、Please Please Meに収録されている、ビートルズがデビュー前から演奏している作品の殆どはI IV Vのいわゆる「スリーコード」が中心となっていますし、12小節のトラディショナル・ブルースの形式の曲も多く、まさに「ロックンロール」です。では《愛なき世界》の主題部分のコード進行はどうでしょうか。
E |G#7 |C#m | |
E |Am |E | |
F#m |B7 |E |C B ||
- 調性はE
- 2小節目の G#7は後続するC#mのセカンダリドミナント
- 6小節目のAm はサブドミナント・マイナー
- 9-11 の F#m B7 E は II-V-Iのカデンツ
- 12小節目の C 、bVIの和音は Eの同主短調の平行調のGからの借用和音、ブリティッシュロックによく見られるコード。
このように、たった12小節の間に、伝統的なロックンロールにはほとんどみられないコードが頻出していることがわかります。
それが《愛なき世界》がロックンロールというよりは「ポップ」に聞こえる理由です。でももう一度小節数を数えてみてください。そうなんです、1ブロックの小節数が12なんです。
・12小節のトラディショナル・ブルースの形式
《愛なき世界》から一端離れて、トラディショナルな12小節ブルースの形式をおさらいします。
I |(IV) |I | | (導入部)
IV | |I | | (展開部)
V |IV |I |V ||(終結部&ターンアラウンド)
12小節ブルースを4小節×3の三部形式として捉えると始めの4小節を導入部、5−8を曲を盛り上げる展開部、9−11を展開部で盛り上がったメロディーが終結に向かう終結部、12小節目を再び始めにもどるためのターンアラウンドに区分することができます。
機能和声的にみると、導入部はトニック中心、展開部はサブドミナント中心、終結部はトラディショナル・ブルースのカデンツ。ターンアラウンドはドミナント。このようになります。
・ジャズ・ブルースの形式
ジャズ様式のブルースの場合、コード進行が若干変わります。セカンダリドミナントが頻出しており、ローマ数字で表記すると誤解を招く怖れがあるため、ここではKey of Cとして、コードシンボルでジャズ・ブルースの進行を示します。
C |F |C |Gm7 C7 |
F | |C |Em7 A7 |
Dm7 |G7 |C |Dm7 G7 ||
トラディショナル・ブルースのコード進行を基本にしてII-Vの進行が随所に挿入されています。またV IV Iのブルース型のカデンツはII V Iに置き換えられています。
・ポップ・ブルースとしての《愛なき世界》
さて、再び《愛なき世界》のコード進行を分析します。
E(T) |G#7 |C#m(T) | |(導入部)
E(T) |Am (SDM) |E(T) | |(展開部)
F#m(II) |B7(V) |E(T) |C(bVI) B(V) ||(終結部&ターンアラウンド)
実は《愛なき世界》のコード進行は、ジャズ・ブルースがそうであったように、トラディショナルな12小節ブルースのバリエーションなんです。細かく見ていきましょう。
導入部の1小節目はのEの機能は当然トニック、3小節目にはVIであるC#mがあり、このコードがブルース特有の泥臭さを緩和して印象を「ポップ」なものにしています。C#mに先行するG#7はセカンダリドミナントですね。でもC#mの機能はトニックなので、導入部はトラディショナルブルースと同様、トニックの響きが支配していると言えるでしょう。
トラディショナルブルースの展開部はIVのコードで始まります。そのため、IVの印象が強くなるのですが、《愛なき世界》はE、トニックから始まっています、しかしその直後にAm、サブドミナントマイナーという非常に強烈な響きのコードがならされるため、サブドミナントの印象が強くのこります。
終結部はジャズブルースと同様II V Iに置き換えられています。泥臭さが無い最大の理由はここでしょう。ターンアラウンドはbVIというブリティッシュロックを特徴付ける印象深いコードが使われていますね。
・さいごに
最初にビートルズは「ポップバンド」だとこれまで思っていたと書きました。しかし、ポップに聞こえる作品の骨格に伝統的なブルースの形式が隠れていたことを知った今、ビートルズは「ロックンロールバンド」だと自信をもって断言できます。