私の家族について紹介させてください。
父、母、兄2人の5人家族で育ち、兄2人とは10歳近くの歳の差があります。
1人1人を紹介しようとするとかなりの時間がかかるほど濃いメンバーの家族です。
育った環境は下町です。
何か悪さをしても近所のおじ様やおば様に怒られる事は日常茶飯事です。
子供ながらに良い街だなと思っていた事を覚えています。
【そんな私の家族の大黒柱の父】
祖父が運送業を営んでいた為、父も運送業。
毎日朝5時頃出ていき、夕方17時頃にはお家に帰ってきていました。
私と兄は歳が離れている為、父が47歳の時に私が生まれました。
そして私が小学1年生の時に癌を発症。
癌で余命1年と宣告された日に涙目で母が学校に迎えに来た事を今でも鮮明に覚えています。
余命1年と宣告された父は私を置いて死ねないという気合いで癌を治し、完治させました。
昔は1日に5箱のタバコを吸っていた父ですが私が生まれ、心臓病と言われた日から禁煙をしたり、口数は少ないですが行動で示すカッコいい父です。
【そして、男らしい母】
私と兄2人の歳の差が離れている理由があります。
それは私と兄の間に1人の女の子を授かっていました。
臨月で、まもなく予定日というある日に亡くなってしまったそうです。
私からすると姉が亡くなった日から母は2人の兄に悲しい想いをさせないようにと、わざと外に出て歩いたそうです。
それはなぜか…
臨月までお腹に子供を抱えていたという事は、もちろん近所の人々にも妊娠の事は知られていました。
しかし、生まれた様子はなく、お腹も小さくなっている…
察してくれる人もいれば、わざと兄達に聞いて回る人も居たそうです。
そんな人達から兄達を守るために、母はあえて外に出て、自分に質問をさせるように行動していたそうです。
そんな姉の死から数年し、念願の女の子を再度妊娠。それが私です。
喜びも束の間、生まれた瞬間からなぜか病室に私を連れてきてもらえない。
帝王切開で私を出産したため、傷口も完治しておらず点滴生活の中、異変に気付いたそうです。
担当医は以前の姉の死の事があった為、今度は私の心臓病のことを告げたら、母がおかしくなってしまうと思い、体が落ち着いてから宣告しようとしたそうです。
そんな母は担当医を呼び、事情を話せと懇願。
泣く泣く担当医が心臓病について告げると、点滴を自分で外し、傷口を押さえながら保育器に入っている私に会いにきてくれたそうです。
その日から母は私をひたすら信じてくれて、看病を精一杯してくれました。
映画やドラマにでも出てきそうなくらい勇ましい母です。
【そんな父と母との子供の兄2人】
とにかくTHE昭和家族の元育った兄2人です。
男気に満ち溢れた2人です。
家族や関わる人を命をかけてでも守ろうとするような2人です。
思春期にも関わらず私の病室に毎日来てくれていたそうです。
保育器に入り、たくさんの管に繋がれた私も見て、絶望的な姿になっていたそうです。
外では悪さばかりしていても、とにかく私には優しい兄達です。
*
*
*
これが私の家族です。
大分、端折った紹介ですが、どんな時も希望を持ち強く逞しく生きている家族です。
こんな家族の下に生まれたからこそ、病気を治す事が出来た気がします。
父、母、兄2人の5人家族で育ち、兄2人とは10歳近くの歳の差があります。
1人1人を紹介しようとするとかなりの時間がかかるほど濃いメンバーの家族です。
育った環境は下町です。
何か悪さをしても近所のおじ様やおば様に怒られる事は日常茶飯事です。
子供ながらに良い街だなと思っていた事を覚えています。
【そんな私の家族の大黒柱の父】
祖父が運送業を営んでいた為、父も運送業。
毎日朝5時頃出ていき、夕方17時頃にはお家に帰ってきていました。
私と兄は歳が離れている為、父が47歳の時に私が生まれました。
そして私が小学1年生の時に癌を発症。
癌で余命1年と宣告された日に涙目で母が学校に迎えに来た事を今でも鮮明に覚えています。
余命1年と宣告された父は私を置いて死ねないという気合いで癌を治し、完治させました。
昔は1日に5箱のタバコを吸っていた父ですが私が生まれ、心臓病と言われた日から禁煙をしたり、口数は少ないですが行動で示すカッコいい父です。
【そして、男らしい母】
私と兄2人の歳の差が離れている理由があります。
それは私と兄の間に1人の女の子を授かっていました。
臨月で、まもなく予定日というある日に亡くなってしまったそうです。
私からすると姉が亡くなった日から母は2人の兄に悲しい想いをさせないようにと、わざと外に出て歩いたそうです。
それはなぜか…
臨月までお腹に子供を抱えていたという事は、もちろん近所の人々にも妊娠の事は知られていました。
しかし、生まれた様子はなく、お腹も小さくなっている…
察してくれる人もいれば、わざと兄達に聞いて回る人も居たそうです。
そんな人達から兄達を守るために、母はあえて外に出て、自分に質問をさせるように行動していたそうです。
そんな姉の死から数年し、念願の女の子を再度妊娠。それが私です。
喜びも束の間、生まれた瞬間からなぜか病室に私を連れてきてもらえない。
帝王切開で私を出産したため、傷口も完治しておらず点滴生活の中、異変に気付いたそうです。
担当医は以前の姉の死の事があった為、今度は私の心臓病のことを告げたら、母がおかしくなってしまうと思い、体が落ち着いてから宣告しようとしたそうです。
そんな母は担当医を呼び、事情を話せと懇願。
泣く泣く担当医が心臓病について告げると、点滴を自分で外し、傷口を押さえながら保育器に入っている私に会いにきてくれたそうです。
その日から母は私をひたすら信じてくれて、看病を精一杯してくれました。
映画やドラマにでも出てきそうなくらい勇ましい母です。
【そんな父と母との子供の兄2人】
とにかくTHE昭和家族の元育った兄2人です。
男気に満ち溢れた2人です。
家族や関わる人を命をかけてでも守ろうとするような2人です。
思春期にも関わらず私の病室に毎日来てくれていたそうです。
保育器に入り、たくさんの管に繋がれた私も見て、絶望的な姿になっていたそうです。
外では悪さばかりしていても、とにかく私には優しい兄達です。
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これが私の家族です。
大分、端折った紹介ですが、どんな時も希望を持ち強く逞しく生きている家族です。
こんな家族の下に生まれたからこそ、病気を治す事が出来た気がします。