映画「クレイジー・ハート」を観た | 考える道具を考える

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仕事が忙しい時は、映画か芝居を観ることにしている。
気分は、そんな時間があるのか? と思いたがるタイミングだ。

しかし、そういう時の映画は、
深く静かに心に残る物語に限る。

‥‥

クレイジー・ハート。
今年度アカデミー賞主演男優賞のバッド・ブレイク(ジェフ・ブリッジス)の一人舞台の映画。

あらすじは‥‥彼はかつて伝説のカントリーシンガーとして一世を風靡したが、今は落ちぶれて全国をドサマワリする日々が続く。4度の結婚に破れ、アルコール依存症にかかっている。

そんな彼の前に、音楽関係の女性記者ジーン(マギー・ギレンホール)が現れる。彼女もまた一児の母であり、身勝手な男から離れた孤独の中で生きている。2人の心は急速に接近していくのだが…。

この二人の出会いの物語を縦軸として、かつてのバッドの弟子で、今や脚光を浴びているスターに成長したトミー(コリン・ファレル・映画SWATで名演)との交流や幼馴染みのような存在のロバートデュバルが静かに横軸にポジションされて物語は展開されていく。

‥‥

実は、こうしたアメリカンスタイルのヒューマンドラマは、退屈かと思っていた。
しかし、アバターやアリスのような三次元映像を観た後には、こうした映画らしい映画を観ることも重要だと思えてならない。

映画はSFXの世界だけではないのだ。
シンプルなストーリィ。俳優の個性と力量だけで勝負する映画には、静かな感動がある。

特に、本作品は、50代後半の、どこから見ても落ちぶれたオヤジが主演だ。妙に裸の姿を晒すバッドの肉体は、どう見てもアルコール依存症の哀しいまでの醜さだ。動作も緩慢で、ほとんど飲酒運転の連続で、これで本当にいいのかとおもわせる落ちぶれ方だった。(ラストシーンでは、見事に病気を克服し、カントリーの世界にカムバックした彼の姿が映し出されるが、その清潔感は対照的だ)

いずれにしても、何となく身につまされる共感を覚えた。
これは自分ではないのか?

夢の実現を受け入れるアメリカ。
そして、その裏では敗者もまた、成功者の何十倍も存在するアメリカ。

その大地の大きさを映す映像と、孤独感が対比されて、哀しくも、心打たれる作品となっていた。


時には、こういう作品を味わうのも、いいものだ!