携帯端末は時間を縮める凶器なのか? | 考える道具を考える

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The instrument which I think

iphoneを持って、1日、歩き回っていると、休む間もなく、このマシンに肩を叩かれているような気になります。

‥‥トントントン!
  ほらっ、急ぎのメールが入ってるよ!

打ち合わせ中だというのに、テーブルの下で携帯端末をオープンする。
何の知らせだと見てみると、明日の夕方からの懇親会の場所の確認メールでした。

その瞬間、大切な打合せの相手は、

‥‥急ぎですか?

と心配顔になる。

‥‥あっ、いいえ、大丈夫です。
  たいしたことではありません。

たいしたことではないのなら、打合せに集中しろ!
と、相手は思っているのだろうな‥‥。

電車に乗っていて、
最近は単なる携帯だけでなく、このスマートフォンと呼ばれるメディアを叩いている人が多くなった。
ブラックベリィ、アイフォーン(カタカナで書くと別のもののようですが‥)。

これは大変便利で、あっという間に広がるでしょう。
でも、この携帯端末は、時間をどんどん縮めることに貢献しそうです。

メールを見なかったなどという言い訳が成立しないほどの世界が広がって、
本当に人間は幸せなのだろうか? と‥ふと思ったのでした。