桜の季節になると、坂口安吾を思い出す。
そして、いつも、この短編の最後のこの文が、心に残っている。
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桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」というものであったかも知れません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でありました。
彼は始めて四方を見廻しました。頭上に花がありました。その下にひっそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。外には何の秘密もないのでした。
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昔々の物語では、桜の木の下は、ちょいと怖いところだったらしい。
この短編は、男と女の淡々とした物語が展開されていくだけの掌編だが、男の孤独の存在証明を、桜の木の下、それも満開の桜の木の下で象徴したところが絶品なのでしょう。
確かに、一瞬の間に咲き、ひとつの風で消えていく桜に、どうしてこんなに胸が騒ぐのか‥。それは、きっと、孤独という表現できない悲しみを、見事に表現しているからなのでしょう。
死体が埋まっていようがなかろうが、毎年、必ず桜が咲く季節がやってくる。
そのこと自体が、孤独そのものなのかもしれない‥。