テレステーション 公式ブログ

テレステーション 公式ブログ

株式会社テレステーションの公式ブログです。
最新情報のお知らせや、社員の日常をゆるっと更新しています。

お疲れ様です、田中です。

いつも本社ブログをご覧いただき、ありがとうございます。


先日、仕事の関係で大学教授の方とお会いする機会がありました。

仕事の内容において「〇〇が見れる」という表現がある箇所があり、

「“見れる”ではなく、“見られる”ではないでしょうか?」

とやんわりご指摘をいただきました。


正直なところ、普段は違和感なく使っていた表現だったので、

その一言でハッとさせられました。

いわゆる「ら」抜き言葉、無意識に使っている方も多いのではないでしょうか。


「見られる」「食べられる」といった本来の可能表現から

「ら」を省いた「見れる」「食べれる」。

これは若者言葉というイメージを持たれがちですが、

実は1980年代頃から広く使われ始めたと言われています。


もともと日本語には「受け身」と「可能」が同じ形になる曖昧さがあり、

それを区別しやすくするために「ら」を抜く形が自然発生的に広がった、

という見方もあるようです。

つまり、単なる“崩れ”ではなく、ある意味で合理化とも言えます。


では、この「ら」抜き表現は間違いなのでしょうか。

結論から言うと「場面による」というのが実態に近いと感じます。




日常会話やカジュアルなコミュニケーションでは、

むしろ自然で聞き取りやすいケースも多く、

違和感なく受け入れられているのが現状です。


一方で、ビジネスシーンや文章、公式な場では、

やはり「見られる」「食べられる」といった正しい形が望まれます。

今回のように、相手によっては細かな言葉遣いまで見られている、

ということも改めて実感しました。


言葉は時代とともに変化するものです。

「ら」抜き言葉も、その流れの中のひとつと言えるでしょう。

ただし、変化を理解した上で“使い分ける”ことが大切です。


普段はつい「見れる」と言ってしまいがちですが、

今回のご指摘をきっかけに、場面に応じた言葉選びを

少し意識していきたいと思いました。


些細な違いではありますが、こうした積み重ねが

信頼感や印象に繋がるのも事実です。

言葉の使い方ひとつで、相手に与える印象は大きく変わる。

改めてそんなことを感じた出来事でした。


ではでは〜

お疲れ様です、田中です。

いつも本社ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

 

ここ最近、少し立て込んでいたこともあり、

気分転換を兼ねて海の見える場所に滞在しています。

 

 

部屋に入った瞬間、落ち着いた空気に包まれていて、

時間の流れがゆっくりになったように感じます。

 

 

派手さはなく、丁寧に整えられた空間がとても心地よいです。

大きな窓の先には、遮るもののない海が広がっていて、

ただ眺めているだけでリラックスできます。

波の音がほんのりと聞こえてきて、それがまた心を落ち着かせてくれます。

 

 

自宅とはまったく違う環境で、思考も少しクリアになってきました。

こうした時間を意図的に取ることは、やはり大切だと改めて感じます。

 

仕事のことを完全に忘れるわけではありませんが、

良い意味でリセットされていく感覚があります。

 

また休日明けからの動きに向けて、いい準備ができそうです。

 

ではでは~

急で申し訳ないですがササキ@です


皆さんは大地震などの災害時に


どこに避難するかを知っていますかい?


アタシは優しいので教えてあげます


丸の内で働く方達はこちらです↓







皇居外苑です


先日1人退避してきました




二重橋の手前のようです





問題です


ここはどこでしょうか?↓











正解は..




あの有名な門でした


そんなこんなで新年度もよろしくお願いいたします