福岡第一飛行場:ヘリポートとして復活?
常時過密状態に悩む福岡空港のヘリポート機能を分離して、少しでも混雑を緩和しよう、
という話のなかで、1936年に作られた日本初の国際空港で、朝鮮戦争時代には米軍基地
だった福岡第一飛行場の一部地区が、ヘリポートとして復活する感じになりそうなのです。
「航空局、福岡空港のヘリ専用施設の新設で公聴会を開催 4月17日」(FlyTeam)
「福岡空港の施設変更に関する公聴会の開催について」(国土交通省 大阪航空局)
はい、最近話題の多い、「あの組織」の関係施設です。(笑)
福岡第一飛行場跡地(1974年) 雁ノ巣地区(Google Map) Flightaware (RJFF)
国土画像情報 (カラー空中写真)/ぱちょぴ/Wikimedia Commons
もともと飛行場ですから平坦で、スポーツ公園としての利用には好都合です。東側の
野球場は、ついこの間までソフトバンクホークスが利用していましたし、サッカー場は、
アビスパ福岡の練習場にもなっています。(駐車場は有料化されています。)
西側は福岡航空交通管制部が利用しており、敷地の西端に見える円形の構造物は、
1973年から運用を開始したFUKUOKA VOR/TAC(OurAirports)です。福岡空港との無線
交信でアウターマーカーの報告があるのは、これを目標地点にしているからです。
ベトナム戦争時代のBrady Air Base 滑走路周辺は一部返還されています (Google Map)
6918th RSM/SS Hakata Japan – 6918th 1958 – 1972 現:海の中道海浜公園
このアンテナ施設の北側、道路(と線路跡)がカーブしているあたりの防砂林の様な
領域を、今回ヘリポートとして利用しよう、というものです。すぐ南側は少女苑です。
明日の公聴会の添付資料は上の国土交通省のアナウンスの中にあります。(PDF)
かつて、この周辺には「香椎海軍航空基地」「粕屋陸軍飛行場」「西戸崎飛行場」
「多々良海軍飛行場」「多々良陸軍飛行場」「博多海軍航空基地」「和白海軍飛行場」
「福岡飛行場(名島水上飛行場)」(いずれもWarBirds)や「九州飛行機(渡辺鉄工)」が
存在し、それらを無理にひとつにまとめたのが現在の福岡空港ですから、再分離も
「あり」かな、と、思っています。
球磨号墜落事故慰霊碑 (Street View) 和白海軍飛行場跡 (Google Map)
# 航空管制部の西側は、しばらくの間はサバゲ用のフィールドとして使っていました。
# また、南側の砂浜は、立ち入りが難しいので、潮干狩りの穴場になっていました。
# 南東側の橋は福岡海の中道大橋飲酒運転事故の現場で、ここから海に落ちました。
福岡和白病院ヘリポート(Google Map) 福岡市立こども病院ヘリポート (Google Map)
現状では、離島からのヘリ搬送のためのヘリポートの利用頻度が、かなり高いです。
(おまけ)
1954年の Brady Air Base (新婚旅行) 1957-59年頃の Brady Air Base
(以上)
# ヨシムラ 1962年 MCFAJ 第5回全日本モーターサイクルクラブマンレース
kimi no koe - Kawashima Ai (YouTube) "The Place Promised in Our Early Days"
Tokimeki Memorial 4 - umi ga hakobuuta ( Bad ED ) (YouTube)
Kotoura-San ED [Kibou no Hana] Full Male Version w/Lyrics (YouTube)
Tsuki ga kirei - Tsuki ga kirei [Ending song] (YouTube)
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