HMAS AE1 :103年前の潜水艦
103年前に行方不明になっていた潜水艦を発見した、というニュースです。
「1次大戦中に失踪した豪初の潜水艦を発見、103年の謎に幕」(CNN Japan)
「FUGRO’S DATA BRINGS SUCCESSFUL CLOSE TO THE SEARCH FOR LOST SUB AE1」(Fugro)
「‘FOUND’ - Australian Navy Submarine HMAS AE1 located after 103 years」(Royal Australia Navy)
確認されている最後の写真。(Royal Australia Navy HMAS AE1)
英国海軍のE級潜水艦のオーストラリア海軍向けとして2隻建造されたうちの1隻で、
1913年にVickers(V.S.& M(Google Map))で建造後、1914年2月28日にPortsmouthで
就役した後、1914年9月14日に哨戒任務中に行方不明となっていたものです。
(13回目の探索)(マレーシア航空370便墜落事故の探索にも使われています。)
MV Fugro Equater and Hugin AUV (Royal Australia Navy Archives)
今回の探索はMV Fugro Equaterによって行われ、(Hugin AUVに搭載された
EM2040 Multibeam Echosounderを使用したと思われる)水中スキャンの結果で
(左向き)
(右向き)
(スキャン映像はFugro NEWS Release、図面はRoyal Australia Navy HMAS AE-2(共通図面))
3年前には100年メモリアルのステンドグラスも作成されました。
正確な位置は非公開となり、現状は保全する方針の様です。
(Royal Australia Navy AE-1 / NEWS Release)
(追記)
101年前の潜水航空母艦実験
同じE級潜水艦のうち、HMS E22が1916年4月24日に、RAF Felixstowe(Google Map)
の沖で、2機のSopwith Schneider(No.3730およびNo.3743)を積載しておいて、
その一部を潜水させ、順次発進させる、という実験を行っています。(英国初)
「The week by week story of the Sopwith Aviation Company and its products through 1916」
(Kingston Aviation)
ただし、発進させるまでは潜水することが出来ず、実験の翌日にはHMS E22が
SM UB-18に撃沈されてしまいましたので、実験は打ち切られ、詳細な記録は
残されていません。
102年前の潜水航空母艦実験
その前年、ドイツも同様の実験をしていました。1915年1月15日、SM U-12に
FF.29を積載して英国沖まで運び、発進させたものです。(これが世界初。)
SM U-12 with FF.29(Wikimedia)、伊号第5潜水艦(写真日本の軍艦第12巻p22)
英独いずれも「実用的ではない」ので、この方式は廃棄されたと考えられます。
その後、格納庫とカタパルトを装備した潜水艦が登場するまでは16年を要します。
(以上)
(test) Slavyanskiy bul'var Station Bus crash (The Independent)(AA-Jiji)
(test)St. Petersburg explosion (The Insider)(Jiji)
____
















