telecopainの解析ラボ -10ページ目

telecopainの解析ラボ

日々思ったことをテーマ別に解析していきます。
(自分の意見を言いたいだけです。)

昨日、書きたかったのですが、今日書きます。

■■■■■■■

東日本大震災が2011/3/11から一年。
3月11日にはいろいろな鎮魂のイベントが営まれたようですね。

都心で暮らし、幸運にも家から10キロ圏内で働く私としては、
3月11日は、
震災⇒怖い・不安⇒無事帰れてよかった。

その時は全体の情報が全然わからなくて、
どちらかといえば、家に帰れたという安堵感の方が大きかったです。

さて、一夜明けて、3月12日。
朝起きて何気なくつけてみたテレビ。
そこには今まで想像もしていなかったような光景が映し出されていました。

そこではじめて自分は被災者ではないことに気付き、
「被災地」の状況の悲惨さ、
安堵していた自分の小ささ、惨めさ、
涙があふれてきました。

時間を追うごとに増える行方不明者
原発での動向
そして、そんな過酷な状況の中でも救助される人たち

自分の想像力はなんて乏しかったのだろう。
そして、なんて無力なんだろう。

状況が分かれば分かるほど
切ない気持ちになり、そして溢れる涙。

1時間余りテレビに釘付けになってしまっていましたが、
このままではだめだと思い、テレビは押入れの奥にしまう。
(テレビはそれ以降、押入れにしまったままです)

ただ、やはり情報がないことも不安だったため、
ラジオを聴くことに。

そこでも繰り返される、被災状況。

近年、あの3月12日より泣いた日ない。

これからどうなるんだろう
漠然とした不安
自分には何ができるのだろう
何もできないかもしれない

自分も死んでいたかもしれない
これから死んでしまうのだろうか


その後、一人いるのが不安で、もう被災状況は聞きたくなく
知り合いがやっている喫茶店に居続けました。


あれから1年。

私はこの3月で仕事を辞めることに決めました。
理由は幾つかありますが、

あの時の漠然とした不安
何かやらなきゃ
今生きてることを感じていたい

その気持ちが現在の私の仕事とは合わないという感じが日に日に募り、
また、新たな可能性も模索してみたいという気持ちも混ざり始めました。

途中から自分が何が書きたいのか分からなくなっていますが、
この大震災が被災者ではない自分にも一つの転機となっているのは確かです。

最後に、被災された方々には心からお見舞い申し上げます。