ライチョウの脚

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山や町に潜んだ微妙な事をつつき回してみるブログです。

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中島みゆきアルバム「荒野より」の「旅人よ我に帰れ」にどうしても「感」が移ってしまう。

劇中では男性から女性へ歌われる歌であるが、ここでは中島さんからオーディエンスに対して歌われる。

歌詞は途中から、茉莉から莉花への歌へ変わる。

恋人から莉花へ、茉莉から莉花へ、中島さんから莉花へ。中島さんから私たちへ。

莉花は私たちの心だろう。か弱いか弱い一粒の心だ。

茉莉は私たちに寄り添うもう一つの心だろう。それが、恋人であってもいい。友達でもいい。でも、とてもはかない。寄り添うしかできないただの魂だ。

寄り添おうとしている、もう一つの魂、もう一つの心もまた、さみしい魂、さみしい心に違いない。

いっそ一人きりならよかったのに。
二人が一人ならよかった。
それならとても心強かった。

でも一人は一人だね。一人ずつだね。
一人一人が寄り添って、そして一つだね。
そういう2/2だ。

夜会の一つのテーマである「ニ隻の舟」は「2/2」で一つの結末と答えを見たと思う。
そうでなければアルバムの中の一曲ニ隻の舟を織り込むことはなかっただろう。

次に中島さんが挑んでいるのは、転生というテーマだ。私たちが生きている意味を、なんとか説明しようとしている。

なんでこんな人生になったのかしら?

「0時00分着24時00発」は「2/2」
からのシナプスにも思える。
明確に「転生」がテーマだよと、提示している。そんで「今晩屋」。厨子王こいしやほーやれほー。
なかなかハードル高いんじゃないか。
第一幕で、なんでみんな身投げしたかしら。

転生の話ではある。が、しかし。

「橋の下のアルカディア」を見たらも少し分かるか?
総合芸術とはむつかしい。